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◆不定期日記ログ◆

LOG 2016-01

■2016-01-01 : 一年の計
 バッ謹賀ム新年!ニューイヤー2016!
 年賀用のイラストはなんかすでにサーバーにあったからこれでいいよね!

 ……えっ?この雑な模写がもう12年前……?
 嘘だろ!いくらなんでも早すぎるぞ!時間の流れが早すぎる!


 ということで、どうも時間の流れが早すぎるようなので、ちょっと監視することにしました。
 実は去年から仮に動かしてtwitterでたまにつぶやいてたんですが、「いま一年の何%ぐらい過ぎたのか」を示す進捗バーを、JavaScriptとCSSで作ったのです。すごいね、技術の進歩すごいね。画像を用意しなくても棒グラフとか描けちゃう時代になったんだね。
 JavaScriptにあんまり明るくないのでちゃんと計算できてるか不安でしたが、無事2016年の進捗がスタートしたのを確認しましたので、トップページにおいときます。CSSについては対応してないブラウザがありますが、まあ数字は出るのでまったく気にしません。
CSS3グラフ
こんなやつです
 こんなことをしている間にすでに0.2%が経過してしまった!
 今年もよろしくお願いします。
 
■2016-01-02 : ニンジャリアリティショック
 新年早々、娘がどこからかこれを持ってきて、
明らかに京劇
「ニンジャ」
 ……って言ったんだけど……ニンジャとは……。
 
■2016-01-06 : 冬の読書感想文
 イェスパー・ユールの「しかめっ面にさせるゲームは成功する」を読んだ。


 普段新書か文庫しか買わないくせに、なんでまた2000円もする翻訳書を手に取ったかといえば、毎晩ワイフがSplatoonをプレイしながら「糞!ファック!」としかめっ面で地団駄を踏んでいるからである(誇張表現)。
 ひどい負け方をして悔しい!と言って席を立つのでチョーシメーターを見てみたらチョーシサイコーだった。総合的に見て勝ちまくってるじゃねえか!なんだよ!俺なんか第二回赤いきつねフェスでボッコボコにされ続けてチョーシメーターは最後までボチボチから出なかったんだぞ!それでも文句の一つも言わずに黙々とクリスマスキッズたちと……

 ……どこまでも脱線しそうなので本の話に戻る。
 本書いわく、ゲームには失敗がつきものである。失敗のないヌルゲーは物足りないし、対戦であれば必ず敗者が存在する。我々は現実世界では失敗しないようにふるまうが、なぜ失敗するとわかっていてゲームをするのか?


 ちょっと翻訳が難しくて、というか「翻訳者もコレ言ってる意味がわかんなかったから辞書的に訳したんじゃないか?」ってくらい難しい部分もあって、なかなか意味をとるのに苦労した。

 まずひとつの説として、「人間はみずから悲しい思いをするために悲劇を観に行く」という「悲劇のパラドックス」を例にとる。恐怖映画も、胸糞小説も、我々は途中で映画館を出たり本を閉じたりする主導権を握っているので、安心して負の感情を摂取できるエンターテイメントとして成立しているのだ。ゲームの中での失敗も同じで、いつでもやめられるし、現実世界で給与の査定に響いたりはしないから……というのが最初に出てくる理由だ。

 もうひとつの理由として、失敗したところにリトライして乗り越えたときにカタルシスが得られるから、という視点が挙げられている。どうしてもクリアできなかった音ゲーの譜面を間一髪さばけるようになった、とか、スーパーウルトラサンボマンボマーシャルアーツに苦戦したがシールドαを覚えたら圧勝できた、とか、そういう達成感のことと思われる。達成感のないゲームは面白くない。つまり、プレイヤーを失敗させることは、ゲームに不可欠な要素なのだ。


 で、「失敗」させる要素を仕込むためには、当然「ゴール」を設定し、また、そのゴールに至るための「経路」を敷かねばならない。
 筆者はそのゴールに至るための経路、言い換えるなら「ゴールに至るために何を求められるか」で、ゲームを3パターンに分類している。
 なお、くれぐれもこの分類はクッキリと分かれるものではなく、ひとつのゲームの中に混ざりあっていることが多いことを留意して頂きたい。

■「スキル」のゲーム
 プレイヤーの能力に応じて報酬をあたえる能力主義のゲーム。
 俺が個人的に「体育会系ゲーム」と分類している、古典的シューティングやアクション、格闘ゲームなど、経験値がプレイヤーに蓄積するタイプのゲームである。
 これに失敗することはすなわちプレイヤーの能力の不足を意味し、場合によっては失敗に学ぶ機会となる。

■「運」のゲーム
 対戦ならじゃんけん、ソロプレイならソリティアなど。いわゆる運ゲー。
 麻雀とかポーカーとかは運の要素もあるけど、経験からくる状況判断力も重要なので、どこまで「運」でどこまで「スキル」かは判断の分かれるところ。
 運は一回だけの勝負では不平等だが、何度も対戦する場合は全員に対して平等である。
 これに失敗するのは、ただ不運であったと諦めるしかない。次ガンバロ!

■「労力」のゲーム
 プレイヤーが費やした時間に応じて報酬を与えるゲーム。
 俺が個人的に「文化系ゲーム」と分類している、RPGとか、懐かしのサンシャイン牧場とか、経験値がゲーム内に蓄積するタイプのゲームである。
 この場合の失敗とは「まだ成功していない」だけであり、レベルを上げて物理で殴ればたいてい解決できる。


 そしてさらに、「ゴール」の種類を3パターンに分類している。

■クリア可能なゴール
 一般的にクリアっていう場合にイメージするのがこれ。
 マリオだったらピーチ姫を救ってエンディング、FF2ならウボアー。
 一度ゴールしてしまえばあなたはそのゲームをクリアした人となり、不可逆である。

■一時的なゴール
 格ゲーで相手に勝った、マインスイーパを無事クリアした、など繰り返されるゲームのクリア。
 じゃんけんとかソリティアとか、「運」のゲームはこのゴールが多い。
 だがたとえばRPGでも、誰かとリアルタイムアタックを競えばこのパターンとなりうる。ゲームシステム側でゴールを設定しなくても、プレイヤーの側で勝手にゴールを設定することも多々あるわけだ。

■上達のゴール
 タイムアタック、スコアアタックなど。
 クリア(自己ベスト更新)してもそれが次のゴールになるだけであり、果てしない。
 中にはクッキークリッカーみたいにゴールそのものが存在しないデザインもある。


 ゲームは、この3種類のゴールを適切に配置し、そこに至るまでの3種類の経路を提供することで、プレイヤーを成功もしくは失敗に導いているのだ。
 たとえばSplatoonの一試合の結果は「一時的なゴール」であり、負けてもすぐ次の試合がある。そして一試合ぶんプレイヤーの「スキル」が高まったことで、次は慎重なプレイをして勝てるかもしれない。また、試合ごとメンバーがランダムなので、「運」がよければ次は味方に強い人が来て圧勝できるかもしれない。こうしてSplatoonは次の試合へとイカを駆り立てる。


 本書にはもっといろいろ、「プレイヤーの成功とキャラクターの成功を切り分けられるか」とか「失敗したくないために面白くない戦法をとってしまう心理」とか書いてあるんだけど、ちょっと俺の体験に引き寄せて咀嚼することが困難だった、っていうか翻訳口調がホントわかりにくくてアレだったので、第四章の分類の部分だけ中心にまとめてみた。
 ぶっちゃけ筆者の主張とズレた読み取り方をしてるかもしれない。興味のある人は手に取って検証してみて欲しい。
 
■2016-01-10 : 看破
 娘がなんかハマってるので、『おかあさんといっしょ』の「かぞえてんぐのうた」が入ったCDを借りてきた。

「かぞえてんぐ……こいつ真面目に歌うとかなり上手いな……
 これじゃあまるで……フフ……
 歌のお兄さん・・・・・・みたいじゃあないか……」

「あなたッ!娘の前でそんな事ッ!」
 
■2016-01-16 : 人類よ世紀を捨てよ
 もう我々は「世紀」という数え方を一切合切捨て去るべきではないだろうか。

 たとえば「1492年」をいう西暦年を与えられて、それが何世紀か直感的にわかる層がどれだけいるというのか。1400年代を15世紀と表記することになんの疑問もなかったのか。いいかげんゼロの存在を認めたらどうか。
 だいたい「世紀がいつから始まるか」すら直感的でないのが大問題だ。うっかり1999年のカレンダーに「END OF THE CENTURY」と書いてしまったロックバンドのことを誰が責められようか。結局みんな2000年をミレニアムだの何だのと理屈をつけて祝ったではないか。2000年が21世紀でないという失態をなぜ放置してきたのか。いったい今まで世紀の境目をいくつ超えてきたと思っているのだ!人類!

世紀の区切りがいつであるかについては、記録によると16世紀末から議論が繰り返されてきた。100年ごとに訪れる区切りが近づくたびに議論が繰り返されるのは、一度議論に参加した当事者は次に議論がなされる100年後にはほとんど生き残っていないからである。

世紀 - Wikipedia
 うるさいよ!なんだよ「生き残っていないから」って!歴史に学べよ!
 ホント歴史から学べることは「人は歴史から学ばない」という1点のみだな!!


 こんな数え方は「数え年」を葬り去ったときに一緒に合葬しておくべきだったのだ。B.C.側はともかくとして、A.C.側は全部「1400年代」とかにしてしまえば何もかもすっきりする。
 ただこの場合「1900年代」と言ったときにそれが「1900~1999」を指すのか「1900~1909」を指すのかがハッキリしないという大問題がある。ここを何とかする方法が見つからないかぎり世紀という数え方を滅ぼすことはできないだろう。

 だが「世紀」を滅ぼす機運は確実に高まっていると感じる。2001年から2015年までの間がまったく21世紀という感じがしないまま過ぎてしまったことで、「世紀」の格はかなり落ちているのではないだろうか。なんだよおそ松とかブラックジャックとか、前世紀の人間にどう釈明すればいいんだよ……。
 これを機に「世紀」という概念を、前世紀に夢想されていた21世紀のイメージとともに撃滅するしかない。早くしないと間に合わなくなる。会社に21世紀生まれの人類が入って来る前に早く――。
 
■2016-01-17 : MINECRAFT: Wii U EDITION
 以前からずっと気になっていたマインクラフトにWiiU版が出たので買った。
 このタイミングで始めたのは、別にマインクラフトめいたゲームが出るからではなく、次の戦隊ロボがマインクラフトめいているからであるので誤解しないでいただきたい。

 画面分割で二人プレイできるのが魅力だが、そのためにはウチにあるWii時代の古いクラシックコントローラーではなく、Wii U PROコントローラーが必要であり、こいつがゲーム本体より高いので微妙な気持ちになった。これならPC版を2アカウント買った方が圧倒的にお得なのでは……と思いかけたが、幼児に大進撃されている部屋でPCを起動するのは非常におっくうなのでそれは選択肢に入らなかった。
 余談になるがこのPROコントローラー、慣れないと持ちにくいというか、Aボタンに指をかけていると思ったのにBボタンだったとか感覚のズレがあり、決して褒められたデザインではない。スマブラがGCコンを強引に繋いだのにはやっぱりそれなりの理由があるわけだ。そしてこれによってWiiリモコン、ヌンチャク、クラコン、ゲームパッド、PROコンとコントローラーが溢れかえってしまったので任天堂にはちょっと反省してほしい。


 例によって余談がどこまでも脱線するので本題を続けよう。
 ひとまずチュートリアルモードで作った家をふとした不注意で爆発させた俺は、そのままゾンビによって殺害された。このゲームでは何よりまず暗闇を恐れなければならないということを俺は学んだ。
 とにかく最初は木を素手で削り、作業台を作り、そこで斧やツルハシを作り、木を伐採して家を建て、石を採掘してかまどを作り、木炭を焼いてたいまつを作るのだ。最初のシェルターさえ適切に完成してしまえば夜を恐れずに済む。


 基本的なことを身につけたので、さっそくワイフのアカウントで新しい世界を作成した。名前は『おかあさんといっしょ』のアレから「ぽてい島」と名づけた(我々の世代でいうところの「にこにこ島」のことだ)。
 さあ、チュートリアルで身につけたワザで日没までにシェルターを作るぞー……

マイクラジャングル
!?
 
マイクラジャングル
!!?
 ちょっと過酷すぎませんかね、ぽてい島……
 木が多すぎてヒツジとかウシとか葉っぱに刺さってるし……
 とりあえずテーブルマウンテンの横腹に穴をあけてそこに住むはめになったし、穴を開けてたら石炭がいきなり出たので燃料も助かるしでいろいろ予定してたのと違う。
 とりあえず最初の冒険は、このテーブルマウンテン内をびっしりとアリ塚状にすることから始まったのであった。

マイクラジャングル
未開のジャングルに文明を築きあげるのだ……

 なお我々の冒険はこのあと「ジャングルを抜けたら氷原」「逆側に抜けたら砂漠」「ていうか陸地の8割方が雪か砂」という過酷な運命に向かうが、それはまた別のお話……
 
■2016-01-26 : 金太郎は過大評価では?
 金太郎をご存じだろうか。
 愚問である。誰もが知っている。彼はよくわからんハレンチな赤い布をまとい、熊を使役し、マサカリを武器とした。みんな知っている。そのことは知っている。
 だが彼は何をした人なのか、そこまで来るとほとんどの人が口を閉ざす。昔の日記で「知名度のわりに実態が知られていない」と危惧したが、その思いは強まるばかりである。娘の絵本に彼の物語が載っていた。今なら青空文庫にもある。時間のある人は今一度目を通してみてほしい。

 金太郎 - 青空文庫

 終わり方がひどい。思っていたよりひどい。
 主人公の紹介を終え、熊とチュートリアルバトルをして、お侍さんにスカウトされ、いよいよ都で本格バトルだ、というところで無慈悲に終了する。なんなの?体験版なの?少年ジャンプの10週打ち切り漫画でももうちょっと話を転がすぞ。
 だってお前「マサカリかついだ金太郎~♪」っていうオープニングテーマも公開されてただろ。プレスリリースには仲間とともに大江山ステージで酒呑童子と戦う迫力の画面写真もあったじゃん。なんで体験版だけ出してアワレにも倒産しちまったんだよ。ダメじゃない?これ語り継いじゃダメじゃない?静岡県ゆかりの彼をあまり責めたくないけど、少なくとも桃太郎とか浦島太郎と肩を並べていい作品じゃなくないこれ?


 金太郎がここまでの地位を築けたのは、おかっぱ頭と斧とよくわからんハレンチな赤い布、というわかりやすい記号性が、五月人形などのフィギュア原型師に愛されたからであろうと推測する。公式からの供給が途中で消滅したのに、同人グッズだけはさかんに作られている希有なジャンルなのかもしれない。
 
■2016-01-29 : うちのこジャーナル1601
 1歳8ヶ月~1歳9ヶ月の記録。

  • クリスマスプレゼントの「おしゃべりいっぱいことばずかん」が、すごい勢いで語彙を増やしている。ペンの電池が切れたときも自分で一部音声をカバーしていたのには驚いた。「ヘリコプター」のあとのヘリのローター音が特にお気に入りらしい。
  • 先月くらいから「と・ぴ・た・ん・と・ぴ・た・ん……イヨォーッ」って謎のチャントを繰返し唱えるから何かと思ったら、これ『にほんごであそぼ』のオープニングだ。他の番組でもひらがなが画面いっぱいに並んでいるとこのチャントを唱えている。
  • 「行っちゃった」判定はさらに苛烈さを増しており、朝、俺がトイレとか行こうとして視界から消えるとわずか5秒で「いっちゃった」→「いっちゃったね(焦)」→「いっちゃったー(泣)」ってなる。しかしいざ出勤!となると「ばばーい」とドライな対応をされる。
  • 要求がストレートになった。以前から引き続きの「(た)べたい」「(の)みたい」に加えて、「あけたい!」を多用する。あけたいのはレゴバケツのフタであったり、ベビーゲイトの扉であったりと様々だが、工具箱と裁縫箱だけは絶対にNOである。
  • ご両親が目を離したすきに、ベビーチーズを口から出してWii Uゲームパッド全面に塗り込むという産後最大の犯罪事件が発生。十字キーの隙間までみっちりとチーズで埋められていて絶望したが、爪楊枝と洗剤を含ませた布を駆使することででなんとか被害を免れた。自分でYoutubeを起動する程度にはゲームパッドのこと好きなのになぜこのような非道を……
  • 任意のものを指差して「なんか!なんかあるねェー!」って言う。その万能言語を使うとこれ以上語彙が増えないからやめろ。なお指さしたのは公園の隅にあるなんかの石碑だったので俺も「なんかあるね」としか言えなかった。
  • 食べているうちに偶然三角形になった食パンを持って「フジサン」と称するなど、見立てが達者になった。でも小児科の逆三角形の白い照明台を指さして「ぱんちゅ」って言ったのは完全に『いないいないばぁっ!』のパンツの歌のせいであり許さないよ……。
  • 突然38度の高熱でダウン。座薬を処方してもらい安静にするも、うわごとで「気球いっぱーい」とか言ってるし、虚空を指さして「かお」って言ったりなんか変なもの見ていてやばい。だがまあ薬の効果もあってオネツはすぐ下がり、鼻水も一週間程度で改善した。
  • 数字を読むのがブーム。今までの「5・2・3」だけでなく4とか6とか8とかも読むようになった。ただ精度はまだまだで、あてずっぽうで言ってる可能性もある。なかなか「1」が定着しないのでカウントアップも適当である。
  • 数字といえば『おかあさんといっしょ』のかぞえてんぐが大好きで、「かぞえてーんぐ!」にあわせて「ねんねーんぐ」と言いながら自分の鼻をめいっぱい引っ張っている。それだけでは不満なのか、手の届く範囲にご両親の鼻があるとそっちも全力で引っ張る。ヤメロ!俺はまだ天狗の国には行きたくない!
  • わんわん・うーたんに続いてゆきちゃんのことを「キチャン!」と識別するようになった。ミーニャは完璧に識別できるがムテ吉とメーコブは怪しいままキャラクター変更を迎えることになりそうだ……かぞえてんぐも天狗の国に帰ってしまうんだろうか……
  • ストローのことをかたくなに「ちょんみ」と称していたが、どうやらこれは一昔前の「ぼーりろ」と同じオリジナル言語らしく、茶殻なども「ちょんみ」と称する。ちょっと目を離したら「ちょんみ、ぺとぺとだねェー」と言いながら急須をひっくり返していた。つらい。この事件以降、我が家では茶殻を「ちょんみ」、茶を「ちょんみ汁」と呼び慣わしている。
  • 「まだダメだよ!おうどん凄いアチチだから!スーパーアチチだから!」「すーぱーあちち……」「それは覚えなくていいから!」
  • バスタブ内ではたっち一辺倒だったが、最近は座って肩までつかって「ぽかぽかあったかーいねェー」って言うようになった。絵本の一節を適切に覚えたらしい。なお座ったり立ったりするときにときどき転ぶので油断ならない。
  • ねんねのときご両親の枕を奪うようになったので、やわらかい枕を買い与えてカワイイなカバーを制作した。ただ、わかっていたことだが、朝まで枕の上に頭が乗っていることはない。


 「かし」「かしだねェー」「いっぱい、いっぱーい」「みーにや」「かっこいいねェー」「うーたんだね」「ちーじゅべたい」「ないなーい」「にゃーにゃいないね」「あぱまん」「あけたい!」「あっけたい!」……この子は一日中ずーっと何かしら喋っているけど、これが全部意味のある言葉になったら俺は発狂するかもしれない。