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◆不定期日記ログ◆

LOG 2011-02

■2011-02-07 : べっこう飴
 出張から帰った同僚が、おみやげをくれた。
べっこう飴
グリコのべっこう飴
 すごいインパクトだ。
 ちょっとこれをしゃぶる気にはなれない。
 5つ並んでるのがまたキモい。

 しかし頂いたからには、それなりの期待に応えなければなるまい。
 こういう残念なアイテムを与えられたときの反応を評価されているのだ。
 この素材、活かしきる!!

 カメラ用意!

 撮影!編集!

にこにこぷん
わいわーい にこにこ・ぷん♪
 よけい気持ち悪いよ!!
 
■2011-02-12 : バイオハザード5
 PS3を買ったものの、ゲームのスロットがすっからかん。
 別にトルネが大活躍してるのでそのままでもいいんだが、
 やはりもったいないので『バイオハザード5』を買ってきた。

 バイオ4でホラーからアクションに舵を切ったバイオだが、今回はさらにアクション性を高めた正当進化という印象。
 武器の持ち替えすらリアルタイムなので(ショートカットキーあり)、パニックになったときの立て直しがすごく困難だ。

 細かい章立てになっていて、いつでもステータスとアイテムを持ち越したままやりなおせる、という点は若干ゆとり仕様といえるけど、時間さえかければいくらでも弾薬が手に入るのは密かに助かる。
 タイムアタックも章ごと挑めるので敷居が低くてよい。

 なにより、PS3のパワーで、2人同時プレイが可能になったのがすばらしい。
 画面分割になるのでややもったいないが、このクオリティのグラフィックを2画面処理できるなんていい時代になったものだ。
 これにより「でかい奴がいるから一気に扉まで走り抜けるよ!」といって突っ込んだものの、マップを把握してなかったばっかりに互いに逆方向に走り出して死亡、みたいな愉快なプレイが可能になった。

 で、怖いかというと、怖くない。バイオ4より怖くないと言える。
 怖くはないが、今回も寄生虫系なので気持ち悪さは納得の17禁。
 この表現力でバイオ0とかリメイクしたらすげえ怖いんだろうな。


 寄生虫のことでクリスが「レオン・レポートにある症状だ」とか言っていた。  
 レオン・レポート!
 なんかレオンが真面目に文書を作るところが想像できない。
 おそらくバイオ4の戦いのあと、誰かに頼んで口述筆記したのだろう。
 「デートに誘う相手を間違えたことを思い知らせてやるか」とか、「サンドイッチのハムになるのはごめんだ」とか、そういうレオン様全開の文体だったため、組織内では「レオンレポート(笑)」みたいな扱いを受けていたのに違いない。
 さすがレオン様やで。
 
■2011-02-15 : RPGを途中で投げ出す症候群
 「RPGを途中で投げ出す症候群」の人の気持ちがわかった気がする。
 つまり、具体的に言うと、FF10をほぼ投げ出した。


 FF10は終盤までほぼ一本道で進む。
 そして、ラストダンジョンの出現とともに、飛空挺で世界中に自由に移動できるようになる。
 この「イベントはあとラストダンジョンだけだが世界中にサブイベントがある」という状態に、なぜかうんざりして意欲が下がったのだ。

 よく考えるとおかしい。
 FF5だって、次元の狭間が出現してから、封印武器を探すサブイベントがある。
 FF6だって、仲間を捜すのはいちおうサブイベントだ。
 ダリルの飛空挺を手に入れたときはテンションが上がったのに、FF10ではテンションが下がってしまうのは矛盾している。


 いったいこの差はなんなのか。
 これはシナリオの没頭度に起因するのではないか、と自己評価してみた。

 FF10では基本的に、マップに表示される矢印を追っていけば次のイベントが起きるので、迷うことはまず無い。
 おそらく、プレイヤーの意識をストーリー展開から離さないための工夫であろう(だとするとバトルが一番邪魔だが)。
 実際、徐々に世界の謎が明かされていくのは面白かった。
 要はシナリオのおもしろさを燃料にして進んでいたわけだ。

 それが、いよいよ最後のイベントとなったところで、いったん戻ってサブイベントを消化してレベルを上げてくれ、と言われたら、そりゃあモチベーションも下がる。
 これはふしぎズボン(ティーダ)の物語だ。俺の物語じゃあない。なんでふしぎズボン(ティーダ)の努力パートを俺が担わねばならんのか。さらにいえば、続編の存在によって俺はふしぎズボン(ティーダ)の物語がどう終わるのか、大まかに知ってしまっている。そしてそれは動かしようのない結末だ。ストーリーのおもしろさを燃料にして進むRPGは、ストーリーの終わりが見えたら燃料がなくなる、というのが要因の一つと考えていいだろう。
 すまん、ふしぎズボン(ティーダ)……。
 いつか思い出したらクリアしてやるからな。
 
■2011-02-28 : いちご100%中の100%
 いちごは果実なのか、野菜なのか?
 農林水産省の統計を見てみると、いちごはメロン・すいかとあわせて「果実的野菜」として野菜に分類されている。
 一方、中央卸売市場の分類の分類を見ると「果実」の中に入っている。
 このことから、公的・学術的にはいちごは果実ではないが、我々消費者はみんな果実として扱っているということがわかる。

 樹木に実るものが果実で、草本に実るものが野菜、という分け方は一見わかりやすいが、そもそも樹木と草本の定義が難しい。
 年輪の有無、1年で枯れるかどうかなど、様々な分け方があるが、どれも我々の印象からズレたものが出てくる。
 たとえばバナナは多くの場合樹木ではない(=果実ではない)。
 もちろん、この定義でいちごが果実になるはずがない。 

 生物学的に考えれば、被子植物の子房がふくらんだものを果実という。
 しかしいちごは、この定義でも果実ではない。
 いちごの果実はあの表面のつぶつぶである。
 この場合、りんごなども果実部分を食べていないので果実でなくなる。

 さらには法律上の果実という定義もある。
 こちらは、たけのこやたまご、果ては仔牛や家賃まで含むスゴい言葉である。
 これならいちごは果実になるが、他のものを巻き込みすぎだ。



 これは大変困った事態だといえる。
 別に定義上、野菜だろうが果実だろうが実生活には関係ないが、「定義があいまいだ」というところが大問題なのである。

 我々がいちごを可愛らしいものとして認識しているのは、あれがフルーツの一種であるという大前提があるからだ。
 もし「サナギ」とか「腫瘍」の一種だったら、我々はいちごをいままでどおり愛することができるだろうか?
 何を突飛なことを、と思うかもしれない。
 しかし、いちごの「花托がふくらんで複数の小さな果実を支えている」という構造は、もっともポピュラーなグロ画像であるハスと同じだ。
  
 定義上「果実」ではなく……。
 誰も「野菜」とは認識していないなら!
 いちごは「グロ画像」にカテゴライズされてしまう可能性がある。
 誰か俺に「いちごはフルーツだよ」と言い続けてくれ!!