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◆不定期日記ログ◆

LOG 2010-03

■2010-03-08 : やせた
 [ワシントン 7日 口イ夕一] ベン・バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は7日、今週の議会証言で、100ポンドの基準とされていた俺の体重が約96ポンドへ落ち込んだことについて、輸出産業への悪影響が経済の停滞を招くとの見方を示し、日本政府に原因の解決に当たるよう、強く申し出た。この発言で米超低金利の長期化を意識したユーロ買い・ドル売りが入った。
 これを受けて日本の鳩山首相は、記者団の質問に対し「トラスト・ミー(わたしを信じて)」と発言し、俺の仕事が一段落する4月半ばまで問題の解決を先送りにすることを明らかにした。
 
■2010-03-13 : イソップ童話
 ある木こりが川のそばで木を切っていました。
 ところが、きこりはうっかり斧を川に落としてしまいました。
 きこりが困り果てていると、川から神様があらわれて言いました。

 「あなたが落とした斧は、この金の斧ですか?」

 「違う!違うけどそれすげえ欲しい!!両方!!」

 「あなたは正直者ですが、ダメです」

 そう言って神様は消えてしまいました。
 神様は正直者には優しくしてくれますが、このように思ったことをなんでも正直に言うのは大人の態度ではありません。
 
■2010-03-20 : 特攻平和会館へ行ったこと
 鹿児島は知覧、特攻平和会館へ行ってきた。
 ここには1000人を超える特攻隊員の、遺影・遺品・遺書が展示されている。

 若くして国から死ねと命じられた人間の叫びを目の当たりにして、反戦の思いを新たにする……予定だったが、戦争とは関係のないところで、人間に絶望してしまった。

 1000人超「しか」いないのだ。
 ……こんな事を言うと各所から怒られるだろう。
 特攻基地はここだけではない、全国にはもっといる。
 だがそれでも、南の島で、特攻同然の作戦で玉砕させられた人の方が圧倒的に多い。

 その人たちは、遺書も残せず死んでいったはずだ。
 特攻隊の若者よりも、こちらのほうがはるかに悲劇で、人数も多い。
 にもかかわらず、僕らはその人たちの事を知らない。
 その人たちが生きた道のり、死んだ顛末が記録されていないからだ。

 つまり、僕らは、悲劇というストーリーを通してしか、他人の死を理解できないのだ。
 いくら「何人死んだ」と言っても「何人殺された」と言っても、数字でしかない。
 人の命は等価なはずなのに、より悲劇的なストーリーが残っている人の死がクローズアップされる。
 そうしなければ僕らは他人の死を理解できないのだ。
 それじゃそれが、生身の人間の実話である必要はないじゃないか。
 なんという浅い理解!
 特攻平和会館にあふれる悲劇を見てこのことに気付かされ、人類に絶望した。


 せめて、逆に考えよう。
 フィクションにも、命の重さを表現できる可能性があると考えよう。
 それが、娯楽作品として成立するかどうかはわからないが。
 
■2010-03-23 : 俺の日常
 おはよう、きょうはゴミの日だ
  ↓
 出がけにゴミ袋を出そう
  ↓
 あれ、部屋の鍵がない
  ↓
 なんか鼻水が出るな、鼻をかもう
  ↓
 鍵はかばんの中から見つかった
  ↓
 さあ出勤だ
  ↓
 あれ、ゴミ袋を持っていない
  ↓
 なぜか部屋の真ん中に放置されている
  ↓
 ちゃんと持っていこう
  ↓
 あれ、部屋の鍵がない

 ミューミュー主任……俺を攻撃してくれ……
 その無敵のスタンド……『ジェイル・ハウス・ロック』で……
 そうすりゃ……「3つ」までは記憶できるようになるだろ……