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◆不定期日記ログ◆

LOG 2009-07

■2009-07-04 : 命名権
 スポーツに疎く、まったく知らなかったが、
 清水エスパルスのホームグラウンドが「アウトソーシングスタジアム」になっていた。

 ちょっとまえにネーミングライツを売りに出して、「株式会社アウトソーシング」がお買い上げになったらしい。
 しかし、それにしても、アウトソーシングスタジアム!
 外部委託競技場!
 「株式会社」が取れてしまったため、思いっきり普通名詞になっている。 
 誰も何も言わなかったのか!

 これならばまだ、株式会社さわやかにお買い上げいただいて、
 「さわやかスタジアム日本平」になったほうが面白かった。
 命名権は平成25年に切れるらしいので、株式会社さわやかには是非頑張っていただきたい。
 
■2009-07-06 : 七夕インフレーション
 七夕である。
 今年もいろいろなところで、よそ行きの願いを満載した笹を見る。

 この願い事の風習は、裁縫の達人である織姫に、裁縫の上達を願うことからはじまったらしい。
 いつのまにか願い事の部分がインフレーションして、なんでもアリの状態になった。
 織姫もさぞかし戸惑っているだろう。
 最初は「四六時中も好きと言って」でよかったのが、いつのまにか「めぐり逢えたときから死ぬまで好きと言って」になっていたくらい戸惑っているだろう。

 そんなことを考えながら、スーパーマーケットに掲げられた笹を見ていると、綺麗な字で書かれた一枚の短冊が目についた。

 「らいあがすくすく育ちますように」

 僕は「お子さんに英語圏の知り合いができませんように」と祈った。
 なんて酸っぱいんだ、大人のパラダイス。
 
■2009-07-11 : 天空のPL法
 トマトといっしょに唇の裏側を噛み潰した。
 そこがでっかい口内炎になった。

 ひどい口内炎ができたときはチョコラBBで治療することにしているが、今回のダメージは甚大で、5夜連続で服用してようやく回復の兆しが見えてきた。
 これでようやくマトモに食事ができる。

 そもそも唇や頬の裏側は危険すぎる。
 これらと歯は、いわば餅つきの「つく人」と「かえす人」の関係であり、ついて、かえして、の作業をあれだけの速さで毎日繰り返しているわけだ。
 事故が起こらないほうがおかしい。
 設計の段階で事故を予測できなかった生産者に非があるレベルだ。

 天界にPL法があるかどうか知らないが、神を訴えたい気持ちだ。
 
■2009-07-14 : だめな選挙
 選挙が近いので、普段思っていることを真面目に書く。

 もし政治が腐ってるとしたら、それは選挙が腐ってるからだ。
 すべての政治家は選挙をクリアしている。
 そういう意味では、政治批判の大半は、エアコンからクッセエ風がガンガン出てるのに「ファブリーズしろ!」なんて言ってるようなもので、まずはそのカビたフィルタを交換すべき、という意見が出ないのはおかしい。


 選挙がダメなのは、選挙側と被選挙側の「選挙」に対する認識のズレが大きすぎるのが原因だと思う。
 選挙運動の大半は、我々が自分たちの代表を選ぶにあたって役に立たない。
 たとえば選挙カーや街頭演説は「私は夜勤に従事する人の生活を想像できません」と公言しているようなもので、そういう人々が全国から集まるのが国会である。どう考えても国民の代表とは言えない、レアな人々の集まりだ。

 選挙カーは何がしたいのか?
 街頭演説は誰にむかって叫んでいるのか?
 アレにさく時間、エネルギー、人件費を考えると、どう考えても元がとれるだけの効果はなかろう。
 だいたい公職選挙法で「選挙カーの上では、名前とかしか叫んじゃダメ」などと定められているわけで、これはもう遠まわしに「選挙カーを使うな」と言ってるも同然だろう。空気を読んで欲しい。
 「選挙カーがうるさいから、来た奴には投票しない」という意見も、決して子どもっぽいワガママではなく、むしろ極めて常識的な判断ではないかと思える。こんな無駄な行為を行う人間が、税金の無駄遣いを抑えられるわけがない。

 費用対効果を考えると、現在の選挙活動は無駄ばかりである。無駄な努力というのは、当人以外にとっては多かれ少なかれ「害悪」だ。
 なぜ無駄にしかみえない行為を続けるのか?


 選挙は一種のエクストリーム・スポーツではないだろうか。
 汗だくで街頭演説を続ける候補者の姿を放送するマスコミの姿勢は、スポーツ選手に対するそれに近い。考えてみれば出陣式みたいなことをやるのもスポーツっぽいし、開票速報なんてもう完全にスポーツ中継だと思う。
 はたから見て「なぜこんな事をしているんだ?」と不思議に思うのも、「そういうスポーツだから」ということなら納得できる。

 選挙がスポーツだとしたら、ルールブック(公職選挙法)はアレも反則、コレも反則でなにひとつ盛り上がる要素のないマイナー格闘技だ。
 それなのに「観客動員数が予定の6割に満たない」などといってオロオロするのはまったく馬鹿馬鹿しい話だと感じる。

 選挙はスポーツなんかではない、代表を選ぶ大切な民主主義活動だ、というのなら、もっと実のある活動をしてほしい。
 たとえば、せっかく候補者を一覧できるポスターボードがあるのに、顔と名前しか書かれていないというのはおかしい。当選したら何に力を入れるのか、そして(特にこれを書く人が誰もいないのが信じられないが)何に力を入れないのか、を記載しておくべきではないのか。


 選挙運動は、ポスターと、許可された分のダイレクトメールと、マスコミで演説する機会だけ有効に活用すれば、実質的には十分ではないかと思う。
 ていうかこれなら、少ない資金で誰でも立候補できそうな気がする。
 お、いっそのこと公職選挙法の全面改正を掲げて立候補するか?

 ……とチラッと思ったが、どうやら一定割合の票を獲得できなければ預けておいた大金をボッシュートされるという制度があるらしい。
 なるほど、二世議員ばかりになるわけだ。
 
■2009-07-15 : 続・だめな選挙
 前回の日記の中で、選挙運動の無駄の多さについてひとしきり絶望した。
 が、調べてみると、昭和28年にすでに「選挙運動をシンプルにしよう」という試みを実践した候補者がいたことがわかった。

 「トラックもマイクも使わず、運動の主力をハガキとポスターに置く」という方針で見事当選したのは、婦人運動家として有名な市川房枝であった。
 平塚らいてうと並んで教科書に載ってるレベルの大物じゃないか。
 ネームバリューがあったからこそできた作戦かもしれない。だが、定められた選挙費用上限額のわずか16%の出費で済んだという、そのコストパフォーマンスは驚きである。


 話は変わるが、与野党ともに政治家の「不透明な収入」が問題に上がることが多い。
 マスコミは「政治とカネの問題」と名付けて解決した気になっている感がある。
 この類の問題が持ち上がったとき、(秘書が)帳簿をごまかしただの、(秘書が)帳簿の詳細を把握していなかっただのと、「どのような方法で不正に金を手に入れたか」が追求されるのが常である。

 この構図がまずおかしい。
 国民が知りたいのは「どうしてその金が必要だったのか」ではないのか?
 親の財布から金を抜いた子どもを叱責するとき、「どうやって抜いた!」と聞いて何が解決するのか。「何に使った!」が自然だろう。
 不正な金の出所を明らかにしても意味がないじゃあないか。金の用途を明らかにし、そんな大金を使わなければならないシステムを改めない限り、どんな規制を作っても抜け出す人間が現れるだろう、というのは悲観的な人間でなくても予想するところである。

 しかし本当に、オザワさんやハトヤマさんは何に金を使ったのか?
 まさか漢検理事長みたいに、豪邸や石碑を建てるのに使ったのではあるまい。そんなマヌケが党首をやってるハズはない。

 素人の考えでまっさきに出てくるのは「選挙」である。これ以上ディープな事例になるとたいてい妄言扱いされてしまうので、妥当なところではないだろうか。
 実際、党の公認を得ない完全無所属の候補者は、選挙資金の捻出に苦労するらしい。逆に考えれば、党の公認候補は、党から資金を貰っていることになる。
 候補者全員が合理化に動けば、相当な節約の余地が出るのではないか?


 大事だと思うのでもう一度書く。
 もし政治が腐ってるとしたら、それは選挙が腐ってるからだ。

 古いやり方の選挙では、古い考え方の人間しか国会に送り込めない。
 だが、そんな絶望的なルールの中で、少しでも効率を考えている候補者がいないか、次の選挙では注視してみるつもりだ。
 立候補の際に委員会から渡された選挙七つ道具(事務所や選挙カーや拡声器の表示板など)をつき返して、
 「必要ない、この脚のみで選挙区を横断して優勝する」
 などというサンドマンみたいな奴が居ないものか(たぶんリタイアするけど)。
 
■2009-07-17 : ヒメサマ成長記
 ヒメサマはだんだん落ち着いてきた。
 名前は「ピコ」で確定したらしいが、だいたい「Pさん」と呼ばれている。
 なぜイニシャルトークなのか?
P
転がるヒメサマ
 えも子はまだこの黒いちっこい奴が怖いらしく、完全に怯えモードになっている。
 えも子よ、お前もりんりんさん相手にそうして大きくなったのだよ。


 近所に、「ふくちゃん」と呼ばれるブチの野良猫がいる。
 先日、そいつが庭先を闊歩しているのをヒメサマが見つけ、果敢にも外に飛び出していった。どうなることかと思ったが、ふくちゃんは平然としており、むしろ遊び相手になっているようだ。

 ……まだ生後2ヶ月なので避妊手術前だが……児童ポルノに対してヒステリックなまでのバッシングをしているこのご時勢だし、ふくちゃんも自重しているだろう。
 ノミや病気を貰ってこないか心配ではあるが、その程度を気にする実家ではないのだった。
 
■2009-07-21 : 軽井沢七人男
 今年も行われた軽井沢旅行。
 今度は人数を増やし、男女混合で行くぞ!という予定だったのに、気が付いたら参加者は男7人になっていた。
 いわば白雪姫のいない小人たちである。
 どうしてこうなった!

 またしても深夜に軽井沢入りした我々だが、前回の惨状を経験したおかげで、今年はほとんど混乱なく到着することができた。


 ■ めがね橋
 軽井沢駅から近いらしい、ということで二日目の朝に観光。
 駅からまっすぐ東と聞いていたが、あまりに長くて不安になった。
めがね橋
碓氷第三橋梁
 予想以上のデカさに驚いた。こいつは登って渡る事ができる。
 行き返りの曲がりくねった道中で「加速度を積分するとスピードになる。したがって、ブレーキを入れても速度はすぐには落ちない。ブレーキは早めに入れるべき」というような話をした。


 ■ 万座温泉
 一路、ワゴンは北へ。閑散とした有料道路をスイスイと進んでいく。
 今回は主に温泉をめぐる旅だ。
 これほどの硫黄臭と、噴き出す温泉煙は、箱根の大涌谷でしか体感したことがない。
 とくに硫黄臭。まさにドS。


 ■ 鬼押し出し
 こんなところに押し出されるなんて……鬼じゃなくてよかった。
鬼押し出し園
火山岩の群れ
 別にそういう意味ではなく、浅間山の火山岩を鬼がここまで押し出した、という伝説があるらしい。
 ヒカリゴケが自生していた。別にあいつら、発光するわけじゃなくて反射板の要領で光るのな。


 ■ バーベキュー
 第一夜も第二夜もおそらく、夕飯がもっともコスパが高かっただろう。
 ひたすら炭を焼いて肉を焼いた。
 先ほどのスピードの話は「燃料の投入頻度を積分すると火力になる。従って火力を調節するときには早めの決断が必要だ」という教訓に置き換えられるかもしれない。
 前回は串までこんがり焼いてしまったので、ちゃあんと鉄串を使用した。


 ■ 核戦争
 ドクターが持ってきた「ニュークリアウォー」というカードゲームに興じる。
 ミサイルカードに核弾頭カードを搭載して相手のプレイヤーの人口を削る、どこまでもハードコアでインモラルなゲームである。
 しかし、プレイしてみると戦争よりも平和状態でのプロパガンダ攻撃で人口を奪われて滅亡するパターンのほうが総合してダメージが大きく、平和よりも核戦争のほうが安心できるという混沌とした世界であった。


 ■ 麻雀
 トイトイ好みの俺がむりやりピンフを狙うと、たいてい裏目に出る。
 やはり平和状態なんてロクなもんじゃないな。
 が、途中から矢吹が後ろについて、なかなか俺一人では思いつかない決断を提案してくれたため、イッツーなどの珍しい手を連発。
 最終的に7連荘まで辿り着いたが、別に7連勝したわけではなく、全員が精彩を欠き流局が続いただけである。すまない、ふがいない親で。
 最終的にドクターが溜まりに溜まった7局ぶんのリー棒を持っていった。


 ■ 善光寺
 三日目の長距離ドライブは善光寺。
善光寺
善光寺
 御守り売り場に「ボケ封じ」というお守りが売っていた。
 おそらく、これを買ってしまうと、出すボケ出すボケすべてマジレスで潰されるのだろう。
とても恐ろしい。


 ■ 菱野温泉常磐館
 「このへん温泉街じゃね?いいよ行ってみようぜ」
 とテキトーにカーナビに従って行ってみた菱野温泉。
 温泉街というかなんというか、梅ヶ島かと思っちゃう山の中だった。

 そんな行き当たりばったりで辿り着いた温泉だったが、なんと風呂が山の上にあり、そこまでケーブルカーで登るという、どうしてなかなか面白いところであった。


 ■ 旧軽井沢
 お土産を買うといったらやっぱりここよ!
 というわけで軽井沢で一番オサレなところでお買い物。
旧軽井沢
「猫の店」の前に横たわる犬
 どけよお前!


 ■ 帰路
 おおむね去年並みの渋滞をのりこえつつ戻る。
 去年は全力で運転していたが、今年は人数が多いため、俺のような省スペースな人間は後部座席に座らなければならないかな、と思いムッシュとらっさんに任せた。
 
■2009-07-22 : 日蝕の日
 今日のお昼に、取引先のえらい人から電話がかかってきた。
 切迫した口調で「○○部長いらっしゃいますか?」と聞いてくる。
 僕は、ヤッベ、なんかミスったかな、と思いつつ、急いで電話を繋いだ。

 電話をうけた部長は、二言三言話すと受話器をおき、立ち上がって言った。

 「南の空に日蝕が見えるんだそうだ!」

 弊社のオフィスは、周囲に高いビルが多いため、みんな太陽が見えているかどうかの確認をあきらめてテレビを見ていたのだった。
 それを見越してわざわざ電話をかけてくる取引先スゴイ。

 空を見上げると、三日月のような太陽が見えた。
 皆既日蝕って奴は、きわめて限られた範囲でしか見えないんだな。
 冥王ハーデスがその大いなる力で永遠の日蝕を作り出したとしても、大地を光の閉ざされた死の世界にすることはできないわけだ。
 惑星直列までしたのに可哀相なハーデス。
日蝕
グレイテストエクリップス
 僕のIXYでも露出を限界までマイナスして撮りまくったら、ちょうど雲がいい感じになった瞬間に太陽の形をとらえることができた。
 曇り空でなければ撮影しようとも思わなかっただろう。大収穫だ。

 しかし…すごいな。
 ホントすごい。

 フォトショップの雲模様ってホントに雲の模様だったんだな!
 
■2009-07-29 : 異字体事態
 古い通帳が出てきた。
 高校のとき学費の支払いに使っていたもので、まだ「ゆうちょ銀行」ではなく郵便局のマークがついている。
 このままでも使えるようだが、いろいろ制限があるそうなので、新しい通帳に移行することにした。

 郵便局へいって、通帳と印鑑、それと本人確認のできる身分証を提出する。
 普通ならこれだけで移行完了なのだが、つまらない問題が発生した。

 窓口のお姉さんいわく「通帳の名前と身分証の名前が違う」と。
 僕の苗字には微妙な異字体が含まれている。
 通帳の名義は普通の字体で表記されていたのだが、身分証として提出した免許証はキッチリ異字体で表記されていたため、異字体で「名義の変更」の書類を書くことが必要だということだ。

 字体の違いはごくわずかなものだ。
 たとえば「糸」や「比」などの漢字は、フォントによって画数がぜんぜん違って見える。僕の異字体にはその程度の違いしかない。画数が変わってしまうので姓名判断の類はまったく参考にできないが、他に支障はない。
 可能なら、パソコンで普通に変換できる普通の字体のまま、通帳を作りたい。
 なんとかならないものだろうか?

 偶然、保険証を手元に持っていたので見てみると、こちらは普通の字体で書かれていた。
 ダメでもともと、それを見せて「じゃあ、こっちで本人確認すれば、名義変更しなくていいですか?」と聞いてみたら、意外にも即オッケーが出た。
 僕と保険証の「字体への無頓着さ」が郵便局の手続きを突破した瞬間である。


 渡邊さんや斎藤さんや高橋さんや浜崎さんのご先祖が、みんなこの程度の無頓着さを持っていたら、日本はもっとシンプルになっていたかもしれない。
 
■2009-07-30 : がんばれUK
 「イギリス人」と走り書きしたメモをあとで見たら「イギリスト」と誤読した。
 が、意味するところはそれほど間違っていない。
 残念ながら「イギリス」は日本語だが。

 ……というか、イギリス人はなんて総称したらいいんだ?
 イングリッシュでいいのか?ウェリッシュやアイリッシュはどうするんだ?
 国の総称が「UK」だから「ユーケニアン」と呼ぶのはどうだ?

 調べてみるとブリティッシュが有力なようだが、これでは結局アイリッシュと対立する。
 無難な呼び方になると「people of the UK」……それはもはや説明文では?
 クイーンズイングリッシュのお膝元であるイギリスが、自国民を言い表すスマートな単語を持たないなんてことがあるのだろうか。
 奮起して、イギリストを超える納得の単語を、いつか世界に発信してもらいたいと思う。 
 
■2009-07-31 : 魔女の宅急便を観て
 キキはとんぼさんに対して「嫌悪→好意→ツンデレ→デレ」と変遷するが、このツンデレ時に魔力が消え、飛ぶ能力とジジと会話する能力を失う。

 飛ぶ能力は復活するが、最後までジジの言葉は「ニャー」だった。
 なぜか?という考察はあっちこっちでされているところだ。


 僕は、ジジ側にも魔力が備わっていた、という立場をとっている。
 ジジ側に「キキや鳥や犬と会話する能力」があったわけだ。
 キキ自ら「飛ぶことしかできない」と言ってるし。

 そして、キキと時を同じくしてジジも人語を失う。
 これはなぜかといえば、お隣の白猫と家庭を持ったせいだろう。
 童貞を捨てたため魔法使いでなくなったという理屈だ。
 だからといって賢者かどうかは解らないが。

 たまたま童貞喪失のタイミングがキキの不調と重なっただけで、
 別にアレはキキのせいじゃなかったわけだ。
 納得がいった。


 この説への反論としては
  • 最後の鳴き声はテレビの前なので自重していた
  • 最後の鳴き声はテレビクルー視点だった
  • ジジはそもそも30歳相当じゃあないだろう
  • 30年童貞でも魔法使いにはなれないと思う

 ……といったあたりが予想される。仰せの通りである。