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◆不定期日記ログ◆

LOG 2007-10

■2007-10-01 : バオー対向車
 タイヤの溝は、雨天時でも路面の水を排除し、グリップ力を生み出すッ!
 しかし高速運転中では排水がおいつかず、タイヤと路面の間に水の層ができる…
 まるで氷の上を滑っているように、コントロールやブレーキが利かなくなるのだッ!

 これがッ!
 『バオー・ハイドロプレーニング・フェノメノン』だッ!!

 そいつに触れることは死を意味するッ!
 『ハイドロプレーニング・現象フェノメノン』!
 
■2007-10-08 : いいえそれはトムです
 日本語はとにかくおくゆかしい言語で、直接的に申し上げることを避ける傾向がある。
 島国で農耕をしていたからだろうか、みなまで言わないことが美徳とされる。
 あうんの呼吸である。ツーカーの仲である。
 「どんだけー」で止めて、具体的なツッコミ内容は申し上げないのが良いのである。

 テーブルの向かい側の人のところにある塩を取って欲しいときも、
 「Pass me the salt, please.」などと無粋なことを言ってはならぬ。
 「すみません、それはお塩ですか?」と遠まわしにモノ欲しそうにするのが日本的なのである。
 相手は必ず行間を読んで「あ、スミマセン、どうぞ」と塩を取ってくれるだろう。

 だから、中学生諸君。
 よく聞いて欲しい。


 問1 次の質問に英語で答えなさい

  A:Is this an apple?  B:              .


 という問題に出くわして、「リンゴかどうかなんて見ればわかるだろアホウが」と思っているようでは、まだまだ空気を読めていない。
 日本人ならば、迷わずに

  A:Is this an apple?  B: Here   you   are .

 と解答すべき問題なのである。
 この問題は君たちに「世界に通用する日本人となるには、まず和の心を鍛えよ」と、そう申しているのだ。遠まわしに。
 
■2007-10-17 : 関東文化圏
 静岡県の東端、熱海の小学校に写真を撮りにいったときの話。
 そう、あの温泉と金色夜叉で有名な熱海。

 いつものように小学生に質問ぜめにされる僕。

「なんで写真撮ってるの?熱海市の学校回ってるのー?」

 いや違うよ、静岡県全体を回ってるんだよ、と僕が答えると、一人の少年が目を輝かせて言った。

「スゲェ!オレ静岡県行ったことあるぜ!」

 あれ、熱海っていつから東京に租借されたんだっけ。
 
■2007-10-22 : 過剰な同一視
 突然だが、俺のマイミュージックフォルダには、
 「WANDSD OF DEEN」
 というフォルダがある。

 錆びついたマシンガンでDANDAN君だけを奪い去りたい。
 
■2007-10-24 : 四国の玄関
 出張で、地方空港からプロペラ機に乗ったんだけど…
 手続きをすませ搭乗時間を待っていたところ、係員のひとがロビーに出てきて

「搭乗のお手伝いを希望される方はお申し出下さい」

 っていうもんだから、

「あまりに地方空港すぎるせいで搭乗にもボランティアの手が必要なのか!?
 ここは俺が行かないといかんか!?」

 と、失礼な勘違いをしちまったじゃあないか。
 
■2007-10-25 : 代役
 今日は理事長と、F市で行われる研究発表会を覗きにいく日だ。
 だが理事長がのっぴきならない理由で欠席になったので、単独でF市へ向かった。

 開会式で壇上に上がる来賓リスト。
  • なんか肩書きが4行くらいある文科省の人
  • 肩書きがもう8ポイントくらいの小さい字になっちゃってる文科省の人
  • 県教育委員会のえらい人
  • F市教育委員会のえらい人
  • F市市長
  • 全国○○研究会の会長さん
  • A県中学校○○協議会の前会長さん
  • (肩書き社名のみ)
  • ほか、総勢13人
 どう考えても空気よめてない俺。
 誰だあの細メガネ、という空気が大ホールにみつしりと充實してゐる。
 いっそ海の底で物言わぬ貝になりたい。
 石だ、精神と肉体を石と化すのだ。
 「お前も蝋人形にしてやろうか!」「いいですとも!」の心意気だ。

 こうして胸にでっかい花をつけた細メガネの冒険が始まった。
 
■2007-10-28 : 訃報
 りんりんさん 17歳
 28日未明、自宅で老衰にて死去。
れんにゅういんでんしゅうびんこりんたいし
戒名 蓮乳院殿 秀敏孤鈴大姉
 故人は生前、一貫して孤独を愛し、人間に媚びぬ猫らしい姿勢と賢さを保つとともに、加工食品やポップコーンを好む異風の味覚をもち、とくに他人がカップアイスを食べていると強い口調で「ニャア」と練乳を要求する一面もあった。
 晩年に発症した好酸球性肉芽腫症候群によって鼻が削げ落ち耳の折れた不便な体となったが、このたびその体から抜け出し、妖怪としての第二の人生のスタートを切った。

 さらば、見てくれは悪いが世界で一番の猫よ!
 お前がいたことは忘れはしないぞ!
最後の写真
元気でな。
 
■2007-10-31 : 喪主より
 こんな見てくれの良くない猫の葬儀に参列して下さった皆様、
 たくさんの弔問、弔辞、ありがとうございました。

 なお当サイトは7日間、喪に服したあと通常更新にもどります。