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◆不定期日記ログ◆

■2019-10-10 : 狭窄する総称
 おばあちゃんが言っていた……「洋服を着なさい」というときに「きものを着なさい」と。
 だが我々の世代においては「きもの=和服」であり、衣服の総称として「きもの」を使うことはまずない。


 洋服の普及により、それまでの衣服が「和服」というレトロニムになるのは理解できる。だがそれと同時に「ザ・着るもの」というド直球な意味の「きもの」という言葉が洋服に拡張されず、和服と同義になってしまったのはいったいどうしたことなのだろうか。
 だって携帯電話の出現でそれまでの電話が「固定電話」と呼ばれるようになった現代において、「電話」とだけ言ったときに固定電話のことを指すようになるかっていったらならないでしょ。

 どちらかというと、ジャイアントパンダの発見でそれまでのパンダがレッサーパンダと呼ばれるようになったあと、総称としての「パンダ」もジャイアントパンダに持っていかれた、みたいなパターンのほうが多いのでは。「きもの」は完全にこの逆ではないか。


 これはもしかしたら言葉の逆輸入なのかもしれない。海外で「和服=Kimono」が定着したのが日本人にも周知されてきたため、我々の認識もそれに引っ張られ……と思ったが、これはちょっと時間的に前後がありそうだ。
 感覚的には「お茶」が近い。紅茶の出現で我々のお茶は「日本茶」ないしは「緑茶」になったが、「お茶」とだけ言ったときには俺は緑茶のほうだけをイメージする。ただこれは俺が緑茶王国静岡県で生活しているせいという可能性がある。一般的に「お茶する」と言ったときにはだいたいコーヒーとかも含まれているし。