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◆不定期日記ログ◆

■2018-04-23 : ブッダは箸を使わない
 葬式で、故人の枕元に山盛りの飯があり、それに故人の箸がぶっ刺さっているのを見て、俺は素直に「縁起がわりいな」と思った。
 いやいや葬式なので縁起が悪くていいんだよ! と思いなおしたが本当にそれでいいのか。斎場では縁起にマイナス1がかかるのか。たとえ葬儀でも縁起は良いに越したことはないのではないか。あらゆる困難が科学で解決するこの平成の終わり、俺は縁起という概念そのものに対しての疑問を呈していた。


 食事のときに茶碗の飯に箸を立てるのがマナー違反なのは、この葬式のスタイルを想起させて縁起が悪いからとされている。
 じゃあなんで葬式で箸を立てるのかというと、これは「あの世とこの世の架け橋」を示しているのだそうだ。ハシだけに。……ウソくせえ!!
 いやいや違う、これは「神事のときに場を清める榊」を示しているのである。……じゃあ榊を立てろ!!

 実はこれは、故人に飯をお供えするにあたって箸が必要だけど、なにしろ葬儀に至るまでいろんな人が枕元をバタバタするのでそのたびに箸がコロコロ転がってしまい、それをうっとおしく思った人が箸をぶっ刺したのが始まりなのではないか。
 そのときそいつが、あたかも宗教的な裏付けがあるかのような理屈をこねずに「このほうが合理的だから」で通していれば、我々は食事中に箸をぶっ刺すことに忌避感を持っていなかったかもしれない。なにしろブッダは箸を使わないのだから、葬式のときの箸のスタイルに注文を付けるはずがないのだ。


 「箸渡し」にも似たようなものを感じる。箸渡しがマナー違反とされるのは「箸と箸で食べ物を渡すのは、火葬の後で骨を拾う動作に似ているので縁起が悪い」という理由だが、これは火葬の骨拾いに箸を使う仏教サイドに問題があるのではないか。葬式より食事のほうが圧倒的に機会が多いのだから、葬式のほうが配慮するのが本来ではないのか。何度も言うがブッダは箸を使わない。
 その上で、それはそれとして箸渡しは気持ち悪いので素直に「てめえの唾液の付いた箸で食べ物をこっちに寄越すな」と言うべきなのだ。誰が言い出したか知らないが、こんな単純なことに仏教勢力の後ろ盾を使ったりしているから信長がキレて焼き討ちとかをすることになる。たぶんブッダも「目の前の食卓の問題くらい自分で何とかしてくれ」って言うと思う。ブッダのことよく知らないけど。