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◆不定期日記ログ◆

CATEGORY 考察

■2022-08-13 : タイクーンの様子が変なのだ
 ファイナルファンタジー5の冒頭、「風の様子が変なのだ」で有名なタイクーン王が城から旅立つシーンがある。
 確かに風の様子は変かもしれないし、リメイク版の天野喜孝準拠の顔グラフィックの様子も変かもしれない。ただ、それ以上に、タイクーン城、ひいてはタイクーン王国のありかたも変ではないだろうか?

 城の役割というのは大きくわけて、「王の執政・外交拠点」「要衝の防衛拠点」の2つがある。
 ここでFF5の序盤のマップを見てほしい。
FF5 MAP
 大陸内にはタイクーンとウォルスの2つの国が存在する。しかし、タイクーン城の周りには治めるべき集落がない。きっと城下町が省略されているのだろう、という見方もあるが、旅人であるバッツがわざわざ近隣で野宿をしていることから、城だけがここにある可能性が高い。
 トゥールの村には運河の管理人がいるので、タイクーン領土と見て間違いない。しかしここから税を納めたり戸籍謄本の写しを取りに行ったりするのは極めて大変な冒険になる。なにしろ都合の悪いことに、村と城の間には海賊のアジトがある。タイクーン王がこれを放置していたのは様子が変なのだ。ただ、海賊と村人の関係はおおむね良好なので、海賊というよりは海の自警団めいた存在だった可能性がある。それゆえたいした問題にならなかったのだろう。

 この内海で海賊が活動しているということは、風の様子が変になるまでは、トルナ運河を利用したタイクーン・ウォルス間の交易がさかんだったということだと思う。であればこの運河に目が届く位置に城を置くべきではないだろうか。また、風の神殿も古くからタイクーン王家が管理していたようなので、この周辺に拠点ができるのが自然なのではないかと思える。

 ここで俺はタイクーン城に常駐している飛竜のことを思い出した。
 マップではわからないが、タイクーン城はかなり標高の高いところにあり、村や運河や風の神殿を空から見張るには都合が良かったのかもしれない。というか、そうでなければこんな山奥にでかい城を建てる意味がない。
 いずれにせよ飛竜が絶滅寸前である以上、タイクーンは近く大きな変革を強いられるところだったのだろう。風の様子が変になったせいでそれどころではなくなったわけだが。

 飛竜や飛空挺が飛び交う世界での要衝防衛を、我々の常識で計ってはいけない。
 ウボアーで有名なFF2のパラメキア帝国だって、わざわざ険しい山の上に城を建設している。軍事拠点であればそういうこともあるだろう。FF6のフィガロ城に至っては砂漠に沈む。行政の窓口はサウスフィガロの街に支所があるのであろう。……いや砂漠に沈むのは軍事拠点としても外交拠点としてもおかしいな??
 
■2021-12-25 : アバロンには雪が降らない
 2021年のクリスマスに、『ロマサガRS』にロマサガ2よりクリスマス衣装の最終皇帝(女)が実装された。
 以下にキャラクターのフレーバーテキストを転載する。

アバロンには雪が降りません。それでも、この祭りの意味は分かります。厳しい冬の寒さの中でも、希望を捨てずに来る年の幸せを信じる。バレンヌ帝国の人々はずっと、耐え続けてきたのですから。

@romasaga_rs 2021年12月20日

 「アバロンには雪が降らない」……本当か?

 ロマサガ2は、バレンヌ帝国首都アバロンの酒場で詩人が物語をしているシーンから始まる。酒場はれんが造りで、立派なじゅうたんが敷いてあり、でかい暖炉には火が入っている。
 ゲーム開始直後のこの描写により、我々は「アバロンは寒冷地にある」というイメージを刻み込まれた。

 だが……今になって……最終皇帝自ら「アバロンには雪が降らない」とおっしゃる。
 この詩人の語りは最終皇帝の時代なので、長いバレンヌ帝国の歴史で気候が変わったということもない。
 皇帝陛下が「降らない」というならそれを信じるほかない。


 れんが造りの建物にでかい暖炉を据え付ける必要があるほどの寒冷地で、雪が降らないというならば、それは「冬の降水量が極端に少ない」ということを意味する。
 わが国においても本州の太平洋側では、冬季に大陸から吹いてくる季節風が、本州中央の山脈を越える際に湿度を雪としてすっかり落としてしまうので、基本的に乾燥している。
 特に静岡県においては複数の山脈が湿った風の到来を阻んでいるため、気温が氷点下になっても雪が降ることはまずない。年末に富士山がまったく冠雪していなかったことすらある。

 ではアバロン周辺の季節風はどうなっているのか。
 たしか冬季の季節風ってやつは、大陸より海洋のほうが暖かくなるので、海洋上に上昇気流が生まれ、大陸から海洋へ向かって風が吹く……というような仕組みだったと思う。というわけでワールドマップを見てみる。
ワールドマップ
海と山脈をおおまかに示した地図
 余談になるが、ロマサガ1と2のワールドマップは「南が寒い」という珍しい特徴がある。
 ロマサガ1は北にワロン島などがあり南半球の世界であることがわかりやすかったが、ロマサガ2はマップの中央付近に砂漠やジャングルがあるため、さらに広域のものである。「本当に地図の上が北なのか?」という疑問については「北バレンヌ・南バレンヌという地名がある以上は北が上」という程度の回答しかできない。地図作成の技術がそこまで発達しておらず、東のほうが大きくゆがんでいるなどの可能性を考慮すべきであろう。


 アバロンの気候についての話に戻ろう。
 アバロンは北に突き出した半島の西岸に位置する。このような地形で、かつ暖炉が必要なほどの寒冷地で、雪が降らないなんてことがあるだろうか?

 考えられる可能性としては……ロンギット海の気象影響があまりなく、冬季は大陸側(南)から海(北)へ風が吹くようになっていて、その風はルドン高原の前後で雪を降らせてすっかり湿度を落とし、アバロンへはルドン高原から冷たいからっ風が吹き下ろしてくる……つまり冬季のアバロンはルドンおろしが吹きすさぶ気候となる……のではないか?
 いや正直無理がある説だとは思う。地図のゆがみを考慮すればもっと現実味のある説がいくらでも出そうだ。ただ「ルドンおろし」という言葉を作りたかっただけでは? と言われれば否定はできない。


 というわけで「アバロンには雪が降らないというのは本当か?」という疑問に対しての答えとしては、
  • アバロンの冬はルドンおろしが吹く乾いた気候なので、雪は降らない。
  • 空を支配するワグナスが、不思議な力でアバロン上空の湿った空気をチカパ山方面に奪っている。
  • 実は最終皇帝はアバロンの生まれでなく、かつ政務でほぼアバロンに滞在しないので、ノリで適当なことを言っている。
  • アバロンは実際温暖で、北バレンヌの人々は暖炉を暖房設備というよりは「屋根への通路」「隠し部屋の入口」として認識している。
 ……などが考えられる。今後さらなる研究・発見があることを期待したい。ロマサガ2がミンストレルソング2としてフルリメイクされるなどすれば可能性はあるぞ。
 
■2021-06-22 : そうだ、資格を取ろう
 業務上の秘密に抵触する可能性があるのでぼかしておくが、まれに発生するあるタイプの仕事に対して有効であるということで、資格試験というやつに挑むことになった。


 突然だがファミコン版ファイナルファンタジー3のあかまどうしの話をしたい。
 赤魔道士という職業は、剣も持ててレベル3までの白魔法・黒魔法を使える万能戦士で、最序盤では無類の便利さを誇る。しかし浮遊大陸から旅立つころにはそれぞれのスペシャリストに押され、とっととほかの職に転じて二度と顧みられることはない。

 小学生だった俺はこの事例から「器用貧乏」という言葉を理解した。しかし今ならそれが浅はかだったとわかる。確かに赤魔道士は光の戦士としては半端だが、実際に光の戦士として戦うのは世界でたったの4人であり、その外には無数の一般人の暮らしがあるのだ。

 あの世界の赤魔道士というのは、魔法の研究職である黒魔道士と、治癒・浄化の実務を行う白魔道士という2つの集団をコーディネートする職業なのではないだろうか。
 大きな国家がこの2つの集団を大規模に運用するようなプロジェクトが立ち上がったとき、企画・折衝・提案を行うために、両方の魔道士のことをよく知る職業が必要になったのではないか。
 そして、そういう職業は我々の世界にも多々あるのではないだろうか。レベル8の技能を使いこなすスペシャリストになれずとも、レベル3までの複数の技能を同時に活用できればそれはオンリーワンの技能となり得るのである。


 今回俺が受験した資格試験はまさにそういう類いのもので、レベル3までの白魔法と黒魔法が両方要求される。白魔法は業務で、黒魔法は趣味である程度カバーできていたので挑戦することになった。
 とはいえ、業務上ケアルの原理は知っていても唱えたことはないし、ブライナとか存在すら知らなかった魔法も多々ある。
 同様に、趣味で黒魔法を唱えまくっているとはいえ、どういう原理でサンダーが実装されているのかとかは全く知らなかったので、だいぶ勉強をすることになった。

 いま「勉強をすることになった」と言ったがまったくこれも難儀した。社会人になってからというもの勉強というものを怠っていたと言わざるを得ない。強いて勉めると書いて勉強……何か物悲しいわね……。
 マイナーな資格のため、講座や参考書などというものはなく、過去問をひたすら掘るしか方法がない。目についた専門用語を片っ端から調べてノートにまとめつつ、「自力で新しい分野の勉強をする方法」を身につけさせるのが高等教育の力なのだなと実感するなどした。


 決して合格率の高くない試験なので、果たして俺の実力が合格点に達したかはわからない。だがやれるだけのことはやった。検定結果が送られてきてもここでは触れないので、あとはそうっとしておいて欲しい。
 
■2020-09-01 : アレフガルドにハンバーガーはあるか
 ファンタジー世界を舞台とした作品の台詞に「おだぶつ」などの仏教用語が出てくるのはどうなんだ、という議論がときどき巻き起こる。
 これは厳密に考えるとあらゆる単語に影響が出てキリがないため、「我々日本人にわかりやすい単語に翻訳されていると考えるのが無難」というあたりの落としどころに毎回着地しているように思われる。

 しかし……可能なら、世界観にそぐわないように見えるその単語が「存在する理由」を探すことができると面白い。
 転生先の異世界に仏教用語があったのなら、以前にブッダ本人かブディストが転生してきていた可能性がある。ゴルフが行われているのならば、古代中国の格闘家・呉竜府の伝説が民明書房によって広められた世界だと考えればよい。創作はなんでもアリである。


 普段からそんな態度で作品を構成する単語に理由をつけているが、これにはさすがに参った。娘氏がプレイしていた『ドラゴンクエストビルダーズ』である。
#ps4share
 ドラクエの世界に、突然ハンバーガーがPOPした。ハンバーガーがあるということはハンブルグ風ステーキがあるということで、つまりアレフガルドにはハンブルグがあるということになる。……あるのか!? その真実を知るため、取材班はマイラの村に飛んだ!


 ……あなたは「ロトのつるぎ日本刀説」をご存じだろうか?
 アレフガルドに伝わる伝説の武器「ロトのつるぎ」であるが、その前身はかつて「上の世界」からアレフガルドに降り立った勇者の持っていた「おうじゃのけん」であると言われている。
 この剣を造ったマイラの刀鍛冶が「上の世界」のジパングから来た男であったため、「ロトのつるぎ=おうじゃのけん=日本刀」というロマンが発生したのである。

 ロトのつるぎには公式イラストがあり、それは明らかに両刃なのであくまでロマンに過ぎないが、とにかくアレフガルドにジパング人がいたことは公式である。なぜかアレフガルドで「たけざお」が極めて安価で流通しているのも、ジパングから持ち込まれた竹が繁殖しているとすれば納得がいく。


 話をハンバーガーに戻そう。
 ハンバーガーはいかにしてアレフガルドに伝わったのか。上記の「上の世界」とのつながりを考慮すれば、おのずと可能性が見えてくる。

 「上の世界」から来た勇者の仲間に、ハンという名の商人がいた。
 ハンは「上の世界」で村を開拓しており、その村は彼の名前にちなんで「ハンバーク」と呼ばれるようになった。そしてそこで発祥したひき肉料理が「ハンバークステーキ」という名前で遠くアレフガルドまで伝わったのである。間違いない。これ以外にハンバーガーが生まれる理由が思いつかない。

「いいえ、ぼくの周りでは『さふありバーク』派が優勢でした」
「それを言われてしまうとこちらとしてはどうしようもない」


■余談

「ところでドラクエの『キメラのつばさ』って、キメラ自体がヘビとハゲタカの合成獣なんだから『ハゲタカのつばさ』じゃあないのか? ハゲタカはもっと権利を主張すべき」
「仮に『ハゲタカのつばさ』だったとして、ただのハゲタカの翼にルーラ相当の魔力がそなわりますか? おかしいと思いませんか? あなた」
「しかしファイナルファンタジーでは『ラッコのあたま』にテレポ相当の魔力が宿っているんですよ?」
「それを言われてしまうとこちらとしてはどうしようもない」
 
■2020-01-15 : ポケモンしりとりの闇
 アニメ『ポケットモンスター(2019)』が、エンディングテーマでポケモンしりとりをやっている。

 こういうのが出てくると、当然「じゃあ全力でポケモンの名前を繋げたらどのくらいの長さになるんだよ」という点が気になってくる。
 辞書が与えられている場合の最長しりとりを求めるアルゴリズムについては大学で学んだ。さっそくプログラムを書こうと思ったが、こういううってつけの話題はおそらく先行研究がある。検索したところweb上で動くものすらあってすごかった。
 これにwikipediaから引っ張ってきた第8世代までのポケモン893匹を読み込ませることで、最長で441個つなげられることがわかった。エンディングテーマでは10匹つなげるのにおよそ7.5秒かかっているため、全力を出すと歌はしりとり部分だけで5分30秒となる。

 ただし、上記のプログラムでは濁点・半濁点の有無を区別していない。ポケモンしりとりの歌詞を吟味すると、濁点は区別するレギュレーションのようだ。したがって実際はこの計算結果よりだいぶ短くなるだろう。

 ではそれを計算……と思ったが、ポケモンしりとりのレギュレーションを見ていて、それどころでないことに気付いてしまった。
 何気ないお遊びのような顔でお出しされているが、このポケモンしりとりは初代から蓋をされ続けてきたポケモンの暗部に軽率に踏み込んでいる。とうてい看過できるものではない。



 それは「ミニリュウ表記ゆれ問題」である。
ポケモンGO
画像はポケモンGOのもの
 「ミニリュウ → ハクリュー → カイリュー」という校正担当者のケジメ案件は、いにしえより公式に見て見ぬふりをされてきた。たぶん。少なくとも金銀でさらっと修正されることはなかった。
 今回のポケモンしりとりの歌詞では、ミニリュウの次にはウィンディが来ている。そして、歌詞にはないが、背景でカイリューの隣にはユキカブリが配置されている。
 しりとりにおいて最後の長音を除くルールは珍しくないが、その結果ミニリュウの次が「ウ」でカイリューの次が「ユ」になるなどといういびつなルールが認められるだろうか? 認められるわけがない!
 お前たちのポケモン名って醜くないか? まるで凸凹で、石ころだらけの道だ! 俺がその道を、綺麗に舗装し直して……

 「勝手にまとめるなよ!」

 なにッ!?

 「ミニリュウも! ドリュウズも! ルカリオの波動と波導も! 瞬間瞬間を必死に生きてるんだ! みんなバラバラで当たり前だ! それを無茶苦茶とか言うな!!」

 バカな……!? グワーッ! ぬわーーーーっっ!!



 ……俺は考えを改めた。ポケモンも最初から世界規模の大作だったわけではない。瞬瞬必生の結果なのだ。俺がやるべきことは、この表記ゆれに意味を見出すことだ。

 まず真っ先に検討すべきは「カントー地方ではリューとリュウの発音はハッキリ異なっており、意味合いも違う」という可能性である。違うものであれば表記ゆれではない。我々も同じ「chain mail」でも「チェーンメール」と「チェインメイル」では全く違うものを想起するはずだ。
 ただこの説には違和感がある。ミニリュウとハクリューは姿かたちがかなり似ているが、カイリューは進化の瞬間を見なければ同種とは思わないであろう。古代カントー人が名付けるなら「ミニリュウ・ハクリュウ」と「カイリュー」で分けるのが自然だ。

 となると俳優の白竜氏が「ハクリュウ」を商標登録しているので使えなかったという可能性が……いやそんなわけあるかい。だいたい俳優が……俳優……? タレント……スター……!

 そうして俺はある人物に思い当った。
 カントー地方ポケモンリーグ四天王として名をはせるドラゴン使いのワタルである。
 彼の手持ちポケモンはギャラドス・ハクリュー・ハクリュー・プテラ・カイリューであり、ここにハクリューとカイリューがセットになる下地が生まれている。これしかない……!

 想像するに、もともと「リュウ」で統一されていたところに、実力とカリスマ性を持ち合わせた人物が現れ、マスコミ等で「俺はリュウよりリューが好きですね」などと宣伝したり、ハクリュー、カイリューと表記し続けたりしたのだろう。
 その結果、彼の手持ちにないミニリュウだけが「リュウ」のまま残り、他の2種は「リュー」と書くのがカントー地方に広まったのではないか。もともとカントー地方ではドラゴンタイプは極めて珍しいので、ワタルの宣伝効果がばつぐんに効いた可能性がある。

 もうこの可能性しか思いつかない。ワタルのせいでポケモンしりとりはこんなに直感に反するものになってしまったのだ。だからポケモン赤緑の校正担当者が指をケジメしたり、マンゴーをもぐなどの自我研修に送られたりする必要はないのだ。よかった。俺は胸をなでおろした。
 
■2019-10-10 : 狭窄する総称
 おばあちゃんが言っていた……「洋服を着なさい」というときに「きものを着なさい」と。
 だが我々の世代においては「きもの=和服」であり、衣服の総称として「きもの」を使うことはまずない。


 洋服の普及により、それまでの衣服が「和服」というレトロニムになるのは理解できる。だがそれと同時に「ザ・着るもの」というド直球な意味の「きもの」という言葉が洋服に拡張されず、和服と同義になってしまったのはいったいどうしたことなのだろうか。
 だって携帯電話の出現でそれまでの電話が「固定電話」と呼ばれるようになった現代において、「電話」とだけ言ったときに固定電話のことを指すようになるかっていったらならないでしょ。

 どちらかというと、ジャイアントパンダの発見でそれまでのパンダがレッサーパンダと呼ばれるようになったあと、総称としての「パンダ」もジャイアントパンダに持っていかれた、みたいなパターンのほうが多いのでは。「きもの」は完全にこの逆ではないか。


 これはもしかしたら言葉の逆輸入なのかもしれない。海外で「和服=Kimono」が定着したのが日本人にも周知されてきたため、我々の認識もそれに引っ張られ……と思ったが、これはちょっと時間的に前後がありそうだ。
 感覚的には「お茶」が近い。紅茶の出現で我々のお茶は「日本茶」ないしは「緑茶」になったが、「お茶」とだけ言ったときには俺は緑茶のほうだけをイメージする。ただこれは俺が緑茶王国静岡県で生活しているせいという可能性がある。一般的に「お茶する」と言ったときにはだいたいコーヒーとかも含まれているし。
 
■2019-03-01 : こんぺいとうコンビネーション
 たまにカロリー補給のために春日井製菓のこんぺいとうを買うんだけど、その袋にこんなことが書いてある。
春日井製菓のこんぺいとう
「5種類の混合には注意しておりますが、全種類入らない場合があります。」

 あるのか? 俺は直ちに動き出した。


 容量は105グラムとある。10粒まとめて計量しおよその重量を出して、1袋平均116粒と推定。こんぺいとうの種類は「プレーン」「ぶどう」「もも」「りんご」「サイダー」の5種類である。

 何はともあれ、入っている粒の組み合わせのパターンを数え上げなければならない。となると5種類の粒が116個あるから……5の116乗!? いやまさかそんな無慈悲な数がいきなり出てくるわけがない。

 順番は関係ないわけだから、とにかく最終的に入っている数のパターンを知りたい。それなら多少は計算可能な数字が出てくるはずだ。ここで俺はセンター試験でアホほどやった Combination のことを思い出すことになった。
 この問題は、センター試験でアホほどやった「116個のボールをA、B、C、D、Eの箱に分けるパターンは全部で何通りあるか求めよ」という、いわゆる順列組み合わせの問題ではないか。いやさすがに試験では116個とか無謀な数ではなかったけれども。

 となれば復習タイムだ。
 たとえば「味が3種類あるこんぺいとうが無数にあり,その中から5つ取り出したときのパターンの総数」は、「互いに区別のないボール5個を、区別のある箱3個に分配する」と置き換えることができる。この場合の計算はこんな感じだった。
計算過程1
 これを応用して、5種類のこんぺいとうが116粒入っている場合のパターンの総数は、
計算過程2
 8214570通りと計算できる。……①


 次に、先ほどの条件に「どの箱もひとつ以上ボールが入っていること」という条件を加える。これが「全種類入っている場合」のパターンとなる。0を除くのもセンター試験でアホほどやったパターンだ。この場合はスキマに注目する。
計算過程2
 6913340通りあることがわかった。……②

 そして①-②により、「全種類が揃わないパターン」の総数が求められる。その数なんと1301230通り。
 あとは1301230÷8214570≒0.158で答えはおよそ15.8%……ってアレ?


 いい加減にしろよな……15.8%の確率で揃わないなんてことがあるはずがないじゃあないか……俺が計算をミスったと言いたいんだろ!? そんなことはわかってるんだよッ! だから計算機とエクセルさんとコンビネーション計算サイトで3回も検算してんだよ俺は! その結果がこの仕打ちか! 116粒もあるって言っときながらなんで6袋に1袋くらいの割合で不良品が出る計算になってんだこの……クサレ脳ミソがァーッ!


 ……冷静になれ。人を見下す言い方は良くない。どこかに落とし穴があるはずだ……。
 事例をもっと単純にするんだ……区別のないコイン2枚を投げたときに出るパターンは「表・表」「表・裏」「裏・裏」の3パターン……しかし「表・表」が出る確率は1/3では……ない!
 ああっ……! そうか! パターンを列挙したからといって、どのパターンも等確率で出るなんて保証はない!
 僕は馬鹿だ……。Combination のことにかまけるばかり、こんなに大事なことを見落とすなんて……。


 こうなれば統計的手段に訴えたほうが早い。俺は大量のデータを集めることにした。
 ここで実際にこんぺいとうを買い占めて開封し内訳を数えていったほうが“映える”のはわかっているが、時間も予算もないのでヴァーチャルな解決法を採用する。「ランダムに0から4の箱を選び数字を+1することを116回くりかえす」だけのプログラムを書き、それをさしあたって5000周ほどぶん回した。

 こうして一瞬にして5000袋の仮想こんぺいとうが開封され、内訳が明らかになった。
 出力された結果をエクセルさんにコピーし、試しにプレーン味の個数を度数分布表にぶちこんでみると……。
ヒストグラム
 こいつ……見たことがあるぞ……たしか正規分布って奴じゃあないのか?

 正規分布と仮定してしまえばやるべきことは定まってくる。必要なのは平均値と標準偏差だ。それぞれ AVERAGE 関数と STDEV.S 関数で引っ張ってこれる。
 あとはその2つを NORM.DIST 関数に食わせてやれば、プレーン味が23個入っている確率やら10粒入っている確率やらを個別に推計できる。1粒も入っていない確率もこれで出すことができるというわけだ。

 計算してみると、平均値に近い23粒を中心に、16粒~30粒の間に収まる確率が90%を越える。今回の5000オーダーの中で最も少なかったのは8粒で、確率としては0.02%。そして待望の1粒も入らない確率は、およそ0.0000062%であった。

 これが5種類それぞれに起こりうるので5倍する。2色以上欠ける確率が重複するので厳密に言うと5倍でないが、確率が確率なので無視してしまおう。となるとおよそ0.00003%。これが冒頭の疑問への答えとなる。

 というわけで結論ッ!
 このこんぺいとうの注意書きが機能する確率は、およそ1000万分の3!


 年末ジャンボ宝くじの一等がヒットするのがおよそ1000万分の1と言われているのでとんでもない確率のように見えるが、それでも年間に100万袋くらい生産し続ければ、数年で遭遇しないともいえないくらいの確率である。少なくとも猿がワープロでシェイクスピアの一節を打ち出すよりは高いと思われる。春日井製菓の末永いご発展をお祈り申し上げます。

 この記事は脳内格闘の過程を書き出したものなので、統計ガチ勢や数学ガチ勢からすれば非常に稚拙なものと思われますが、暖かい眼で見守っていただければ幸いです。
 
■2018-05-31 : ルールーさんと知恵のプリキュア
 AIがプリキュアになる時代に、我々人類は何をすればいいのだろう。


 娘氏もだいすきな『HUGっとプリキュア』の追加メンバーとして、ルールーさんのプリキュア昇格がほぼ確実となった。
 観てない人のために説明すると、ルールーさんは未来から来た敵組織のアンドロイドである。外国人少女のふりをしてスパイ活動を行っていたが、プリキュアシリーズにおいて主人公と年齢の近い敵陣営の女の子キャラは必ず改心し、あわよくばプリキュア化するのが定例である。ダークプリキュアさんの話はおいといてくれ。

 今回特筆すべきはルールーさんが機械人形だということである。人間社会に問題なくとけこんでいることから、おそらく真の意味でのAI、人工知能を持っていると考えられる。そしてそれとは別に、一瞬で本の内容をスキャンし暗記する、コンピューターとしての能力も持っている。

 そこで気になるのが、すでに「知恵のプリキュア」を掲げているキュアアンジュさんの立ち位置だ。いまだに頭脳明晰キャラといえば、暗記力や計算が早いといったコンピューター的な描写がされることがあるが、キュアアンジュさんは「わからないことを的確に調べる」ことをもって「知恵」とするという、今の時代に即したキャラ作りがされている。そこにコンピューターの少女がやってきた。

 完全に推測になるが、隣にコンピューターそのものが並び立つことによって、「知恵のプリキュア」としてのキャラクターは完成するのだろう。知識量を誇る時代はとっくに終わった。我々が大学入試などで測ってきた知性は大部分が無駄になり、まもなくAIが今ある仕事の半数を人間から奪う。そんな未来に我々は何をすればいいのか、AIが真似できない知性とは何なのか。それを提示するためにキュアアンジュさんというキャラクターが配置されたのだ。

 くしくも今年のサブテーマは「職業」だ。AIに置き換えられない職業とは、AIにない能力とは……そういったものを子どもたちに伝えようという試みが始まったのだ。プログラミング教育を含む新しい学習指導要領よりも先に、プリキュアがそれをやろうというのだ。
 エールさんが感情の機微を読み取る力を、エトワールさんが汎用的な身体能力を、マシェリさんは未加入なのでわからないけど音楽とか芸術……?を、それぞれ提示していくに違いない。そんな中、教育者を含めていまだに具体が見えてない人の多い「人間の知性」をアンジュさんがどう提示してくれるか、期待をもって注目したい。



 ……だから「その時不思議なことが起こった」→「人間になってる! やったねルールー!」みたいな展開は絶対勘弁してくれよな!! 頼んだぞ!!
 
■2018-02-22 : おしっこしたあとブルッてなる奴のこと
 39.7度の高熱に倒れたので、おしっこしたあとブルッてなる奴のことを考えていた。
 あれの正式名称はシバリング(shivering)というらしいがそんなことはどうでもいい。

 あの震えが起こる理由、はるか昔に「体温の低下のせい」って説明をうけて納得したまま生活してきたけど、よく考えたらおかしいのではないか。
 俺の膀胱の中で39.7度に保たれた尿を外に出したからといって、なぜ俺の体温が下がるのか?
 
 電気ポットの内部を想像する。
 圧力によってお湯を注いだあと、電気ポットの内部にはたぶん外気が入る。それゆえ室内の温度は下がる。これはわかる。
 だが膀胱は確かに温かいものを外に出しているが、出すだけでなにも入っていかない。体温が下がる理由がない。この理屈でいえば、排泄のあと冷たい水を飲んだときに震えがこないとおかしい。

 なのであれはただ体が「カ・イ・カ・ン……」と言っているだけなのではないか、という悲しい仮説だけが残された。調べてみると「原因は不明」とするソースも多いため、あながち間違ってはいないのではないかと思っている。

 こうなると冒頭の「正式名称はシバリング」というトリビアもガセになる。シバリングは「身震い等による体温調整を行う生理現象」だからである。「シバリング」と「しばれる」の語感の共通性については、おそらくもうさまざまな論文が書かれているだろうから調べるのをやめた。


 翌朝、熱は平熱まで戻っていた。
 
■2017-06-22 : ゾゾという町について
 ZOZOTOWNで6時10分50秒ちょうどに注文を確定すると、荷物の代わりにかいてんのこぎりが届くという都市伝説……。我々はその真偽を確かめるためスタートトゥデイ本社に向かった!

 ……という話ではない。ファイナルファンタジー6のゾゾの町のことを考えていた。あのスラム街には不思議な魅力がある。謎の高層アパートや胡乱な住人、降り止まない雨、町と見せかけて実質ダンジョンである点など、あの世界の中でも異質な存在感を放っているのは間違いない。


 それにしてもこのゾゾという町、成り立ちを想像すると謎が多い。
 まずあの高層アパート。FF6の世界でこれほど高い建物がある町はない。各地の城よりも圧倒的に高い。そしてそれがあの山の中にそびえている。すぐ裏がゾゾ山なのでかなりの山間地と予想される。周囲の景観からかなり浮いているといっていいだろう。

 そしてそれがスラム街になっているということ。スラムというのは普通は、急速な都市化と人口集中によって、大都会の周辺に人口が溢れて形成されるものなのではないだろうか。なぜ山奥にスラム街が単体で出現するのか。設定上は「貴族の町ジドールからあぶれた貧民の暮らすスラム」ということだったが、それならSaGa2のビーナスの大都会のように、都市のそばにあばら家を建てていくのが自然だろうし、なにより都市部より高い建物の建つスラムというのは想像しづらい。


 そういえば話に聞いたことがある。南アフリカ共和国のヨハネスブルグにはポンテシティアパート(ポンテタワー)という高層ビルのスラムがあるらしい。もともとは高級マンションとして建設されたものの、アパルトヘイト終了後に犯罪集団が侵入し治安が悪化。元々住んでいた白人富裕層は退去し、そのままガラの悪い集団に占拠されて無法地帯と化した、というものだ。

 ゾゾはまさにこれだったのではないか。最初はジドールの富裕層が、自分たちを貧民層から隔離するためのゲーテッドコミュニティとして建設したのではないか。それがどこかのタイミングで貧民たちに乗っ取られ、でも隔離は成功したのでそのうち現在の形におちついてしまった、という流れであればいろいろ納得がいく。特にジドールの富裕層は、高い場所に屋敷を構えているほうが偉い、みたいな価値観があったはずなので、財を投じて山間地に高層ビルを建ててしまう可能性はある。


 確かなことは何も言えない。ただスラム・シャッフルが名曲だということだけは確かだ……私からは以上です。
 
■2016-11-11 : 正しい字形という幻
 小学校社会のテストの東西南北を問う設問で、選択肢に書かれたゴシック体の「北」の文字をそのまま解答欄に転記したところ、「字形が違う」としてバツをもらった、という悲しい話を耳にした。

字体の違い
参考:ゴシック体と教科書体
 ご存じの通り、印刷物やweb上にある漢字は、国語の教科書で習う形とは異なる。それはデザイン上のことであったり、読みやすさの工夫であったりするわけなんだけど、小学生にはまず基本となる手書きの字形を教え込まねばならない。なので教科書本文のフォントは教科書体で組まれている。教科書体というフォントについては東書文庫の資料で簡単に触れられているが、どうやら昭和12年からいろいろ形を変えて存在しているようだ。

 いま「いろいろ形を変えて」と書いたが、つまりそれは「一口に教科書体といっても各社で微妙に細部が違う」ということを意味する。ひらがなですら、教科書によって「せ」の棒や「ら」の点のはねの有無が違ったりする。ショドーにはさまざまな流派があり、どの流派のセンセイが監修するかによって文字の細部が異なるのだ。

 教科書体ですらこのありさまなので、「正しい字形」などというものが幻想である、ということはおわかり頂けると思う。
 先生がたは何事においても最終的に「通信簿」という形で評価・評定をしないといけない職業なので、つねに「正しい知識が定着しているかどうか」を判断しなければならないという事情はわかる。わかるけど、とめやはねなどを含む「字形」と、ついでに「書き順」についてはもう評価の対象にするべきではないのではないか。

 平成28年2月に文化庁が発表した指針の中でも、

○ 手書き文字と印刷文字の表し方には,習慣の違いがあり,一方だけが正しいのではない。
○ 字の細部に違いがあっても,その漢字の骨組みが同じであれば,誤っているとはみなされない。

常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について
 とあらためてハッキリと言っており、似たような内容は常用漢字表でも手元の教科書でも触れられている。ショドーのセンセイならばともかく、それ以外のシーンで「正しい字形や書き順」を持ち出すのはリソースの無駄だと思う。ただでさえ日本の小学生は欧米に比べて覚える文字が多いのだ。

 字形や書き順は美しい字を書くための指標であり、こう書くのがオススメ!という情報を最初に提示するに留めるべきで、それを強いて定着させることに意味はない。俺が「ニンジャスレイヤーはこの順番で読むべき!!その他の順で読むのは邪道!!」とか言い出したら「うわ……なんか怖い……ニンジャ読むのやめて家でパラッパラッパーしとこ……」となるでしょう?だからみんなもニンジャスレイヤーを自由な順番で読もう。

 だいたいよォーッ……仮に「正しい字形」ってものが存在して、それを基準に○×が付けられるってんならよォー……なんで俺のご先祖様が戸籍つくるときに名字を変な字体で提出したときに×つけてくれなかったんだよォー!!おかげで変換はできねえわ身分証明は面倒くせえわで大変だっつーのよ!もうお役所は全部その正しい字形って奴で通してくれよ!許さんぞ!教育界という狭い庭でエラそうにしやがって!他の省の官僚も黙らせてみろってーの!


 ……最後なんかすごい私感があふれ出たけれど、まあ文化庁や文科省が「正しい字形はないよ」って言ってる以上、冒頭のような指導は減っていくのではないかと思われる。願わくば渡邊さんや齋藤さんたちが大分裂する前にその価値観が浸透すればよかったなと思う。文字コードが割り当てられてしまってからでは何もかも遅すぎるのだ。
 
■2016-07-08 : アンパンマンの平等性
 アンパンマン主題歌の中に、有名な「愛と勇気だけがともだちさ」というフレーズがある。

そうだ おそれないで みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

「アンパンマンのマーチ」
 この「愛と勇気だけがともだち」というのは、昔から「カレーパンマンとかカバオくんとかは友達じゃないのかよ」というツッコミを生んできた。
 だが実際にアンパンマンを視聴し続けていると、わりと本気であれらは友達じゃなくて、ただの「職務(治安維持)上かかわりのある人々」としか認識してないんじゃ……と思えてきたので考えたことを記録しておく。


 アンパンマンは平等だ。害をなす存在でなければ誰にでも優しく共感を示す。誰かのときだけ特別に大喜びしたり、大声で笑ったりしない。同じように、誰かのときだけ特別深く悲しんだり、怒ったりもしない。

 話は飛ぶが、「食べものの好き嫌いをしてはいけない」という価値観がある。自分は農家の生まれなので当然この価値観を受け入れて生きてきた。
 しかし、本当に厳密に食べものに対する「好き/嫌い」という感情を排除した場合、そこに生まれるのは「食べものに一切執着しない」という無味乾燥な姿勢である。単なる栄養補給のみを目的とした、激しい喜びも深い絶望もない「植物の心」のような食事。健康そうではあるが、あまり魅力的な人生には見えない。

 アンパンマンは本当に厳密に平等なヒーローであるがために、「友達」という概念を失ってしまったのではないか。全員が平等に「友達」であるために、その中から親友や家族や恋人といったものをつくることはできないとするならば、それらは「友達」と言えるのだろうか?
 彼にとってはきっと、創造主であろうが、カバオであろうが、通りすがりの知らない奴であろうが、「困っている人を助ける」という職務上、平等に扱うべき対象なのだ。たぶん彼は、ジャムおじさんの命が危険に晒されても、カバオくんがカツアゲされてるときと同じテンションで「止めるんだーばいきんまん!」と言うのだろう。そんな気がする。


 「愛と勇気だけがともだち」というのは大げさでもなんでもなく、職務に必要な愛と勇気だけを「友達」と定義して、ほかは創造主も支援者も遭難者も全てビジネスのかかわりに留める、という究極の平等性を歌っていたのだ。なんたる孤独なヒーロー像であろうか(明後日の方向を見つめながら)。
 
■2016-06-21 : アンパンマンが描く社会問題の構図
 アンパンマン世界の治安について考えてみた。


 なぜかアンパンマン世界では、基本的にばいきんまんさん以外の犯罪者が出てこない。まれに氷の女王とかが出張ってくることはあるが、それもだいたい彼が絡んでいる。
 アンパンマン世界には彼の他に、窃盗や詐欺を働く者がいないのだろうか。

 以前考察した通り、ばいきんまんさんは常に飢えており、それゆえに食料の強奪などの犯罪を行う。これはつまり「困窮した者が犯罪に走る」ということを暗に示しているのではないか。カバオ君もたびたび飢えているが、それは必ずアンパンマンというセーフティネットによって満たされるため、彼は困窮していない。飢えているのはばいきんまんさんだけなのだ。

 ではなぜばいきんまんさんだけが食料を与えられず困窮しているか。
 すぐ思いつくのは「大食いすぎて他人の分まで食べてしまうから」という理由だが、どうもそう単純ではないらしい。まず変装しているときはいくら大食いをしてもただちに非難されることはない。しかし変装していなければ悪事を働く前から厳しく対応される。まあばいきんまんさんにはこれまで積み重ねてきた前科があるのでインガオホーとは思うが、変装などに関していっさい他人を疑わないアンパンマン世界の住人にとっては異常とも思える拒否反応である。
 そして、ある屋台を襲撃した回では、ばいきんまんさん以上に食料を奪ったドキンさんは一切糾弾されず「ごちそうさまー」と飛び去っていった。ランプの魔神を酷使して常軌を逸した量の食事を用意させたコキンさんも、何ら咎められることはなかった。おなじバイキン星の出身だというのに、ばいきんまんさんだけがいつも「騙したなばいきんまん!」と非難されるのだ。

 つまりばいきんまんさんが食料を貰うことができない理由は「大食いだから」とか「菌だから」でなく「ばいきんまんだから」という一点なのだ。このような循環論法による区別は一般的に「差別」と呼ばれている。


 ここに至って、この構造が示すものが見えてきた。
 アンパンマン世界にばいきんまんさん以外の犯罪者が現れないのは、「差別が貧困を生み、貧困が犯罪を呼ぶ」という社会の仕組みを子どもたちにわかりやすく示すためだったのだ。アンパンマンはズートピアよりずっと前から、擬人化キャラクターによる社会風刺を行っていたのだ。なんたる含蓄に富む物語であろうか(明後日の方向を見つめながら)。
 
■2016-01-06 : 冬の読書感想文
 イェスパー・ユールの「しかめっ面にさせるゲームは成功する」を読んだ。


 普段新書か文庫しか買わないくせに、なんでまた2000円もする翻訳書を手に取ったかといえば、毎晩ワイフがSplatoonをプレイしながら「糞!ファック!」としかめっ面で地団駄を踏んでいるからである(誇張表現)。
 ひどい負け方をして悔しい!と言って席を立つのでチョーシメーターを見てみたらチョーシサイコーだった。総合的に見て勝ちまくってるじゃねえか!なんだよ!俺なんか第二回赤いきつねフェスでボッコボコにされ続けてチョーシメーターは最後までボチボチから出なかったんだぞ!それでも文句の一つも言わずに黙々とクリスマスキッズたちと……

 ……どこまでも脱線しそうなので本の話に戻る。
 本書いわく、ゲームには失敗がつきものである。失敗のないヌルゲーは物足りないし、対戦であれば必ず敗者が存在する。我々は現実世界では失敗しないようにふるまうが、なぜ失敗するとわかっていてゲームをするのか?


 ちょっと翻訳が難しくて、というか「翻訳者もコレ言ってる意味がわかんなかったから辞書的に訳したんじゃないか?」ってくらい難しい部分もあって、なかなか意味をとるのに苦労した。

 まずひとつの説として、「人間はみずから悲しい思いをするために悲劇を観に行く」という「悲劇のパラドックス」を例にとる。恐怖映画も、胸糞小説も、我々は途中で映画館を出たり本を閉じたりする主導権を握っているので、安心して負の感情を摂取できるエンターテイメントとして成立しているのだ。ゲームの中での失敗も同じで、いつでもやめられるし、現実世界で給与の査定に響いたりはしないから……というのが最初に出てくる理由だ。

 もうひとつの理由として、失敗したところにリトライして乗り越えたときにカタルシスが得られるから、という視点が挙げられている。どうしてもクリアできなかった音ゲーの譜面を間一髪さばけるようになった、とか、スーパーウルトラサンボマンボマーシャルアーツに苦戦したがシールドαを覚えたら圧勝できた、とか、そういう達成感のことと思われる。達成感のないゲームは面白くない。つまり、プレイヤーを失敗させることは、ゲームに不可欠な要素なのだ。


 で、「失敗」させる要素を仕込むためには、当然「ゴール」を設定し、また、そのゴールに至るための「経路」を敷かねばならない。
 筆者はそのゴールに至るための経路、言い換えるなら「ゴールに至るために何を求められるか」で、ゲームを3パターンに分類している。
 なお、くれぐれもこの分類はクッキリと分かれるものではなく、ひとつのゲームの中に混ざりあっていることが多いことを留意して頂きたい。

■「スキル」のゲーム
 プレイヤーの能力に応じて報酬をあたえる能力主義のゲーム。
 俺が個人的に「体育会系ゲーム」と分類している、古典的シューティングやアクション、格闘ゲームなど、経験値がプレイヤーに蓄積するタイプのゲームである。
 これに失敗することはすなわちプレイヤーの能力の不足を意味し、場合によっては失敗に学ぶ機会となる。

■「運」のゲーム
 対戦ならじゃんけん、ソロプレイならソリティアなど。いわゆる運ゲー。
 麻雀とかポーカーとかは運の要素もあるけど、経験からくる状況判断力も重要なので、どこまで「運」でどこまで「スキル」かは判断の分かれるところ。
 運は一回だけの勝負では不平等だが、何度も対戦する場合は全員に対して平等である。
 これに失敗するのは、ただ不運であったと諦めるしかない。次ガンバロ!

■「労力」のゲーム
 プレイヤーが費やした時間に応じて報酬を与えるゲーム。
 俺が個人的に「文化系ゲーム」と分類している、RPGとか、懐かしのサンシャイン牧場とか、経験値がゲーム内に蓄積するタイプのゲームである。
 この場合の失敗とは「まだ成功していない」だけであり、レベルを上げて物理で殴ればたいてい解決できる。


 そしてさらに、「ゴール」の種類を3パターンに分類している。

■クリア可能なゴール
 一般的にクリアっていう場合にイメージするのがこれ。
 マリオだったらピーチ姫を救ってエンディング、FF2ならウボアー。
 一度ゴールしてしまえばあなたはそのゲームをクリアした人となり、不可逆である。

■一時的なゴール
 格ゲーで相手に勝った、マインスイーパを無事クリアした、など繰り返されるゲームのクリア。
 じゃんけんとかソリティアとか、「運」のゲームはこのゴールが多い。
 だがたとえばRPGでも、誰かとリアルタイムアタックを競えばこのパターンとなりうる。ゲームシステム側でゴールを設定しなくても、プレイヤーの側で勝手にゴールを設定することも多々あるわけだ。

■上達のゴール
 タイムアタック、スコアアタックなど。
 クリア(自己ベスト更新)してもそれが次のゴールになるだけであり、果てしない。
 中にはクッキークリッカーみたいにゴールそのものが存在しないデザインもある。


 ゲームは、この3種類のゴールを適切に配置し、そこに至るまでの3種類の経路を提供することで、プレイヤーを成功もしくは失敗に導いているのだ。
 たとえばSplatoonの一試合の結果は「一時的なゴール」であり、負けてもすぐ次の試合がある。そして一試合ぶんプレイヤーの「スキル」が高まったことで、次は慎重なプレイをして勝てるかもしれない。また、試合ごとメンバーがランダムなので、「運」がよければ次は味方に強い人が来て圧勝できるかもしれない。こうしてSplatoonは次の試合へとイカを駆り立てる。


 本書にはもっといろいろ、「プレイヤーの成功とキャラクターの成功を切り分けられるか」とか「失敗したくないために面白くない戦法をとってしまう心理」とか書いてあるんだけど、ちょっと俺の体験に引き寄せて咀嚼することが困難だった、っていうか翻訳口調がホントわかりにくくてアレだったので、第四章の分類の部分だけ中心にまとめてみた。
 ぶっちゃけ筆者の主張とズレた読み取り方をしてるかもしれない。興味のある人は手に取って検証してみて欲しい。
 
■2015-12-22 : ようかいしりとり攻略法
 子育てクラスタの皆様はご存じだろうか、『おかあさんといっしょ』の歌『ようかいしりとり』を。

 アップテンポでジャジーな音楽に合わせて、妖怪とようかいはかせが妖怪名でしりとりをしていく歌である。軽快なトラックとは裏腹に、出てくる妖怪名はかなりガチで、聞いたこともない奴がさらっと出てくるので驚かされる。

 この歌の中で、妖怪からようかいしりとりを挑まれたようかいはかせは、

■1番(VSろくろっ首)
ろくろっくび→びんぼうがみ→みつめこぞう→うみぼうず→ずんべらぼう→うまつき→きつねび→びじんさま→まくらがえし→しらぬい→いったんもめん(勝利)

■2番(VS座敷わらし)
ざしきわらし→しちほだ→だいだらぼっち→ちょうちんおばけ→けらけらおんな→なきばばあ→あまのじゃく→くらげのひのたま→まめだぬき→きむないぬ→ぬらりひょん(勝利)

(ようかいしりとり//横山だいすけ&三谷たくみ)
 ……と、作詞者のワザマエの光る鮮やかな連勝をおさめている。


 しかし俺は知りたい!
 ようかいはかせや妖怪たちは明らかに手加減をしている。歌の尺に合わせなければならないからだ。
 歌の都合は関係なく、互いに全力で勝ちを狙いにいったなら、はたしてようかいしりとりはどのような競技になるのか!


 まずは基本的なレギュレーションを確認しよう。
  • 使える単語は妖怪名しばり
  • 最初は自分の種族名からスタートする

 それに加えて、歌詞の中からは読み取れない部分を仮に決めておく。
  • 最後のオンビキ(ー)は削除して判定
  • 拗音「ゃ・ゅ・ょ」は「や・ゆ・よ」として判定
  • 「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」は区別しない



 次に使える単語をリストアップしてみる。
 これがいちばん大変な作業であるが、俺は妖怪博士ではないので、今回はwikipedia「日本の妖怪一覧」を流用させて頂く。
 これは「wikipediaベースの知識でようかいはかせに勝てるのか?」という指針でもある。
 この一覧をざっとエクセルにコピペして、以下の補正を行う。
  • 読みが複数記載されているものは別々に登録
  • 「山姥(ヤマンバ・ヤマウバ)」など微妙な発音の違いのみで最初と最後の文字が変わらないものは区別せず登録
  • 「婆(ババ・ババア)」の読みが両方あるものは「ババア」に統一して登録

 そして最初の文字と最後の文字を抽出して考察を行う。



 ざっと見てまず目を引いた文字は「プ」である。
 プで始まる妖怪はいないが、プで終わる妖怪がいくつかいることが明らかになった。つまりこれらを使った瞬間、相手は使える言葉がなくなりゲームは終了する。
 
 プで終わる妖怪とは「イシネカプ」「イワコシンプ」「イワメテイェプ」「コシュンプ」「ヤウシケプ」「ルルコシンプ」の6種である。
 全部アイヌ語ではないか、アイヌ妖怪はアリなのか、という声が脳内を満たしたが、結論からいえばアイヌ妖怪の参戦はアリである。ようかいはかせ自らが「キムナイヌ」を使用しているからだ。

 したがって、今年お亡くなりになり無事妖怪の仲間入りをしたと思われる水木しげる先生が、ようかいはかせの所へ行ってようかいしりとりを挑んだとしても、「ミズキシゲル」→「ルルコシンプ」で即死して終わる。まあ水木先生であれば「プ」で始まる妖怪をご存じである可能性もあるので断言はできないが。
 いずれにせよ我々のレベルでは、このアイヌ6妖怪に連なる「イ・コ・ヤ・ル」の文字で終わったら、次のターンで確殺されることは注意しておく必要がある。


 次に注目したいのは「ズ」だ。
 リストの中に、ズで始まる妖怪は「ズンベラボウ」しかいない。そのくせ、ズで終わる妖怪は歌詞にも出てくる「ウミボウズ」をはじめ、「アカボウズ」だの「クロボウズ」だの坊主系が各種取りそろえられていてかなり手厚い。その数なんと全26種類。ズで攻めるのはかなりお手軽で、かつ攻撃力が非常に高い。
 一度「○○ボウズ」を食らったら「ズンベラボウ」で耐えたとしても即座に「ウミボウズ」か「ウミナリコボウズ」でガードを崩される即死コンボが確定するため、相手に坊主系を使わせないよう立ち回る必要がある。

 となると、先ほどの「イ・コ・ヤ・ル」に加えて「アウオカクグケザシセタトドニヌノ」の16文字が一気に地雷ワードに加わる。
 ようかいはかせが本気なら、二戦目の座敷わらしなど開幕の「ザシキワラシ」を「シロボウズ」のカウンターで取ってからの10割コンボで終了しているのだ。同居人なので気を遣っているのだろう。

 ここまで地雷ワードが増えると、そこから芋づる式に地雷が増えていく。
 たとえば「ベ」で始まる妖怪3種はいずれも「ウ」か「ン」で終わるためこれも即死ルートへの道を開いてしまう。
 同様に「ラ」で始まる妖怪4種も末尾が「ウ・ニ・ル」なので致死である。
 「ベ」で終わる妖怪は6種しかないが、「ラ」で終わる妖怪は26種もいるので誘い出されないよう注意が必要だ。


 もう少し研究すればさらにコンボルートが増えると思われるが、この段階ですでに「ン」を含めて23文字が地雷と化した。用意した全データ1171種のうち571体、ゆうに49%が「使用した瞬間に死ぬ」ワードである。別の言い方をすれば、ようかいはかせにとってみれば約半数の妖怪が「戦った瞬間に勝ち確」というわけだ。
 さすがにそれは可哀相だろう、せめて最初の妖怪名くらいは選ばせてやるべきでは、とも考えたが、そうなると「じゃんけんで先攻を取ってルルコシンプをぶつけたほうが勝ち」というゲームになるのは確定的に明らか。妖怪図鑑を丸呑みするよりじゃんけんの腕を鍛えるべき、という結論になってしまう。


 よって、ようかいしりとりでようかいはかせに勝ちたいのならば、いきなり即死コンボをたたき込める妖怪と化して挑むのがベストである。
 先ほどの座敷童も、座敷童のままでは開幕即死だが、別名義の「お倉坊主」で参戦すれば逆に開幕10割をたたき込んで圧勝できる。
 もしあなたが妖怪と化してようかいしりとりの覇者となりたいのであれば、「瀬坊主」か「黒坊主」あたりがてっとり早い。
 瀬坊主は阿武隈川に身を投げればワンチャンあるし、黒坊主は夜な夜な女性の寝室に忍び込んで口を嘗めるただの変質者だった可能性がある。
 ただし前者は死ぬし、後者は社会的に死ぬ。


 こうなる予感はしていたものの、なんとも味気ない結果になってしまった。
 唯一の救いは、今回使った語群がwikipedia準拠だということで、wikipedia先生の知らない「プ」や「ズ」で始まる妖怪がまだいる可能性が十分あるということだ。
 今後の妖怪研究に期待したい。
 
■2015-03-17 : ぼうけんのしょとは一体何か
 ドラクエの「ぼうけんのしょ」はいったいどのように実装されているのか?
 先に断っておくがゲームプログラミングの話ではない。
 遠くの町に一瞬で移動したり、死者を蘇らせたりする「じゅもん」があるドラクエの世界で、あの「ぼうけんのしょ」はどういう位置づけなのだろうかという疑問である。


 最初は、勇者たちが持っている不思議な本だと思っていた。
 神父さんや王様など、特殊な技能を持っている人のところへ持っていき、自分たちの情報を書き込んでもらう仕組みだと思っていた。だが説明書には機能の説明だけで、そんなことは書かれていない。

 この設定だと、書き込みはともかくとして、読み出し……特に全滅後の処理に無理が生じる。
 勇者が持ち歩いている設定だと、全滅したときに死体と一緒にぼうけんのしょが野ざらしになってしまう。これはいけない。死亡したときに所定の場所まで死体を運び蘇生させる呪文(いわゆるデスルーラ。利用料は所持金の半分)が込められているのかもしれないが、そんな複雑な処理ができるならもっと他に活用されているのではないか。

 倒れたパーティの死体とぼうけんのしょを教会まで運ぶサルベージ業者(報酬は所持金の半分)がいるのでは、と妄想したこともあったが、これも微妙に違和感がある。全滅すると、勇者のパーティは最後に記録した場所に戻されるが、それは必ずしも「最寄りのセーブポイント」ではない。サルベージ業者ならこんなことにはならないはずだ。


 となるともう、ぼうけんのしょを勇者が持ち歩いている設定は捨てるしかない。
 ぼうけんのしょは、神父さんや王様がそれぞれ持っているのだ。記録のときのセリフを見てみよう。

「そなたらの たびのせいかを この ぼうけんのしょに きろくしても よいかな?」(DQ3)
「そして このぼうけんのしょに きろくしても いいですかな?」(DQ4)

 どちらも「この」と言っている。手元にあるのだ。
 どこの教会でも読み出せて、書き込めるということは、ぼうけんのしょはiCloudやDropboxのような、クラウドストレージ上に存在すると考えるほかないだろう。それを彼らは「神」と呼んでアクセスしているのだ。勇者のバイタルサインが消えたときには最後に立ち寄った教会になんらかの連絡が行く仕組みになっていて、読み出しの儀式を行うのであろう。


 さて、ぼうけんのしょといえば無慈悲にロストすることでも有名だ。
 我々が便利に使っているクラウドストレージの数々が、突如サービスを停止してもうろたえぬよう、日々備えておくべしとの思いを新たにした。