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◆不定期日記ログ◆

CATEGORY 地歴

■2021-04-30 : パラオのことば
 太平洋にうかぶパラオという島国がある。

 大航海時代にスペイン領となり、スペインが衰退するとドイツ領となり、第一次世界大戦後に日本領となった。それから第二次世界大戦が終わるまで日本領であり、戦後アメリカの統治を経て独立。それゆえパラオ語には外国語から借用された言葉が数多くある。
 特に興味を引くのはパラオ語に取り入れられた日本語の数々で、Wikipediaの「パラオ語」の項目にも多くの例が挙げられている。

 歴史的経緯から、パラオ語における日本語からの借用語は非常に多い。…(中略)…日本語教育を受けていない若い世代や子どもたちも「それが日本語由来であると意識せずに」用いており、定着につながっている。

パラオ語 - Wikipedia
 「デンキ」「デンワ」「ベントウ」などの単語が外来語として使われているのみならず、何かが得意なことを「モーレツ」と言ったり、ビールを飲むことを「ツカレナオス」と言ったり、「おいしい」の意味で「アジダイジョウブ」と言ったりするなど、独自の進化を遂げた日本語が生きているらしい。


 しかし……「Chazi daiziob(アジダイジョウブ)」は地理の教科書にすら載っているが、よく考えると妙ではないだろうか。「おいしい」に相当する言葉が外来語? じゃあ日本人が来るまでパラオの人は旨いものを食ったとき何て言っていたんだ?
 仮に何か「おいしい」に相当する現地の古語があったとして……旨いものを食ったときの言葉なんて、どの国だって「セボン!」だの「ボーノ!」だの「ハオチー!」だの短い発音でパッと出るものだろう。それが「味・大丈夫」なんていう2語の外来語に置き換わるか? 置き換わるとしたら「おいしい!」のほうじゃあないのか? 不自然だ。

 さてはパラオにやってきた兵隊さんはろくに補給もなく、味が大丈夫かどうか怪しいものを食べるのが日常だったのか……現地の人がその様子を語り継ぎ……悲しい物語だぜ……いやまて、第二次大戦が始まる20年前からパラオに日本人はいたはずだ。この仮説はおかしい。


 しかしwebの海には普通にアジダイジョウブの情報があふれており、「そうはならんやろ」「なっとるやろがい!!」の力で納得するしかない……と思っていた。しかし今月のはじめ、突然Twitterの俺のタイムラインに、在パラオ日本国大使館の公式アカウント(@OfPalau)の「日本語由来のパラオ語」についてのバズツイートが流れてきたのである。
 俺は勇気を出して上記の質問をリプツリーにぶらさげた。相手は大使館である。普段の俺ならこんな軽薄にリプライなどできない。しかしなにしろバズっているので、多くのリプライや引用RTに埋もれるかもしれない。そんな尊大な羞恥心と、臆病な自尊心が俺にリプライをさせた。
 そして、その結果、在パラオ日本国大使館からのお返事をいただくことができた!

古来のパラオ語のみで「おいしい」を表す「ウンギル・ア・テレムテムル」と言っていたかもしれません。
現在、特に若い世代は「ウンギル・ア・アジ」や「オイシイ」を使います。「アジダイジョウブ」はあまり一般的ではありません。

@OfPalau 午後7:03 · 2021年4月8日
 やはり「おいしい!」は使われていた! よかった……味が大丈夫かどうかわからないものばかりを食べていた兵隊さんはいなかったんだ……(いたと思うよ)。
 疑問が晴れ、大使館のTwitter担当者様に深く感謝するとともに、このアジダイジョウブの補足情報をweb上に刻み込むべく、こうして記事に残しておくことにします。
 
■2021-04-01 : ギニアのひみつ
 西アフリカにギニアという国がある。

●ギニアのアニギ。僕が考えたさかさことばです。(埼玉県 ドド)
●アニギとはなにか。説明求ム。

「ゲーム帝国〈Vol.2〉」p127より
 そもそも「ギニア」の語源がよくわかっていないらしい。ギニアとはなにか。説明求ム。
 そして不思議なことに、そんなギニアの名を冠する国が多数ある。
  • ギニア共和国 🇬🇳
    「ギニア」といったらだいたいこの国……と言いたいが、そもそもギニアという機会があまりないのでいまいち自信がない。ギニア人といえばオスマン・サンコン氏だがこれも今や通じるか怪しい。大西洋には面しているが、ギニア湾には面していない。
  • ギニアビサウ 🇬🇼
    ギニアの北隣の国。ビサウは首都の名前。なぜそこまでしてギニアを名乗る必要があったのか。まあ我が静岡県にも伊豆市の北隣に伊豆の国市があるので人のことは言えない。そういうものなのだろう。伊豆市のように、「ギニア」という地名がギニア共和国の範囲よりはるかに大きいのだと考えれば理解はできる。
  • 赤道ギニア 🇬🇶
    ギニア湾に面した国土を持つが、首都は大陸上でなく、カメルーン洋上の島にあるという不思議な国。なお赤道は通っていない。何故なんだ。エクアドルから優良誤認と訴えられたら勝てないと思う。
  • パプアニューギニア 🇵🇬
    アフリカではなく日本の南にあるオセアニアの国だ。パプアとニューギニアが合併してこの国になった。この地域にたどり着いたスペイン人の探検家が、住民や気候がギニアに似ていると判断してニューギニアと名付けたという説がある。そもそもギニアの範囲が広すぎるのでは。
  • ガーナ共和国 🇬🇭
    チョコレートでゆうめいな国だ。ギニア湾に面しておりなんか語感が似ているが関係なさそう。
  • ガイアナ共和国 🇬🇾
    南米大陸の北のほうにある国だ。これは明らかにギアナ高地に由来しておりギニアとは関係ない。
いろんなギニア
 ギニアについての謎は深まるばかりだ。


 ところで、世界には人名を冠した国名がいくつか見られる。
 コロンビアはコロンブスに、ボリビアはボリバルに由来している。
 ではギニアは……ギン……?


 ギン。その名に心当たりのある方もおられよう。
 大長編海賊漫画『ONE PIECE』には、ロロノア、アルビダ、バーソロミュー、ティーチなど実在の海賊から名前を採ったキャラクターが多く存在する。
 そして序盤も序盤、サンジが加入するエピソードでクリーク海賊団のナンバー2として登場したのが「鬼人のギン」である。敵ながら義侠心にあふれた男で、サンジを圧倒する武力を持ち、ピラフを旨そうに食わせたら右に出るものはいない。最終的に「偉大なる航路でまた会おう」と言って去ったが、どうやらそれから20年以上も音沙汰がないらしい。

 ギニアの真実はここにあった。つまりアユタヤ日本人町出身のギンという海賊が実在し、世界中を大暴れした結果アフリカのギニア湾に名を残した。そして最終的にニューギニア島に居を構え骨を埋めた。そういう隠された伝説があり、尾田先生はそれを取材により知っていたのだ。
 これが事実であればギンの残した影響は多大であり、ONE PIECEのギンも重要な役割で再登場する可能性が高い。再登場を待ちたい。
 
■2021-02-05 : 日本の首都は千葉滋賀佐賀
 このときの個人的メモを更新しよう。

  • アメリカの首都はニューヨークではない。
  • オーストラリアの首都はシドニーでもメルボルンでもない。
  • ブラジルの首都はリオデジャネイロでもサンパウロでもない。
  • スイスの首都はジュネーブでもチューリヒでもない。
  • モロッコの首都はカサブランカでもマラケシュでもない。
  • 南アフリカ共和国の首都はヨハネスブルグではない。
  • アラブ首長国連邦の首都はドバイではない。
  • トルコの首都はイスタンブールではない。
  • ミャンマーの首都はヤンゴンではない。
  • 日本の首都を東京と定める法令はない。

 最後のが特に怖いところで、法令で定められていない以上、明治時代に政治機構が移っただけで、まだ首都は京都である可能性がある。法令で定めておくのは大事だ。
 
 どれくらい大事かというと、コートジボワールの首都はヤムスクロと定められているんだけど、Wikipediaの記述を見ると、

国際会議場や、世界最大の大聖堂である平和の聖母聖堂など数施設を除いて首都らしいものはなく、首都機能は現在もアビジャンに残ったままである。 経済的にも特にめぼしい産業はなく、行政都市としての機能も持っていない。

ヤムスクロ - Wikipedia
 ……などと書かれておりやばい。そのうえ観光地が3つしか挙げられておらず、うち一つが「大統領邸の堀に住んでいるワニ」なのでさらにやばい(おびただしい数がいるらしい)。


 政治を行う人のトップがいる場所を首都だとするのならば、江戸時代の初めに大御所が政権を握っていた時期は我が静岡が日本の首都だったということになる。
 もし神奈川県が「かつて政権があった」という理由で再び「神奈川府」を名乗り出すようなことがあったら、我々静岡県民はわずか10年ほどの駿府政権を掲げて打って出る覚悟であります。
 
■2020-12-18 : 消えゆく歴史用語
 歴史の教科書が新しくなるたびに、「聖徳太子」という単語が消えるだの消えないだのというニュースが出る。

 おなじみの単語が教科書から消えてしまうのにはそれなりの理由があるが(慶安の御触書とか)、だいたい「その当時はそう呼ばれていなかった」というのが大きいようだ。「鎖国」が消えると言われたときもそうだった。これについては単語として残っているものの、教科書では「この体制をのちに鎖国と呼ぶようになった」などの言い訳めいた記述がされている。鎖国がないのに開国があるのは不自然だからだろう。

 聖徳太子も同様に、2021年度用の指導要領解説では「のちに『聖徳太子』と称されるようになったことにも触れるようにする」とわざわざ書かれている。
 意味がわからない。それなら他の人には注釈は要らないのか? 北条政子は鎌倉時代から北条政子と呼ばれていたってことか? あの人、周りの連中が「みなもとの~」とか「ふじわらの~」とか「氏」で呼ばれてんのに、いきなり「ほうじょう まさこ」とかいう現代人みたいな名前を名乗りだしたわけ? タイムトラベラーか?

 話が逸れた。聖徳太子については実在を疑う説もあるし、肝心の「のちの時代で聖徳太子と呼び始めた人物」も諸説あり、これと定まっていないようなので、まあ仕方ない部分はある。


 そして、聖徳太子の陰で消滅の危機に瀕していた用語がもう一つある。
 今年世界中のゲーマーにおなじみとなった誉れ高き「元寇」である。

 これも当時は「元寇」とは呼ばれていなかった、「蒙古襲来」が当時の言い方だった、という理屈らしい。じゃあきっと第一次世界大戦に出兵した兵隊さんたちは「第一次ってことは第二次もあるのかよ……」って思ってたんだな。ひどい話だ。

 で、「元寇」はいつの時代の誰が言い始めたんだよ、と軽くWikipediaしたところ、すぐ次のような記述が出てきた。

「元寇」という呼称は江戸時代に徳川光圀が編纂を開始した『大日本史』が最初の用例である。以後、18世紀の長村鑒『蒙古寇紀』、小宮山昌秀『元寇始末』、19世紀の大橋訥庵『元寇紀略』など、「寇」を用いた史書が現れ、江戸時代後期には元寇という呼称が一般的になっていった。

元寇 - フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
>徳川光圀が編纂を開始した『大日本史』

(印籠が出たときのBGM)

格「元寇と名付けたお方をどなたと心得る。おそれ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!!」

悪人一同「!!」
町娘「水戸の……!」
おとっつぁん「ご老公様……!?」

助「一同、ご老公の御前である! 頭が高い、控えおろう!!」

(一同平伏)


 俺は実物の「大日本史」を水戸の偕楽園へ見に行ったことがあるが、漢文がギッシリ書かれた本の束がずらっと積み重ねてあってたいそうビビった。
 佐々木助三郎・渥美格之進の名前のモデルは、この編纂に関わった水戸藩士といわれている。もしも助さん格さんがアレを校正したというのならば、諸国漫遊より凄いことだ。そんな歴史書に「元寇」と書かれているならもう元寇でいいんじゃないか!?


 念のため出典に当たろうと思う。「大日本史」は長大だが、検索により201巻の北条時宗の項目にあることがわかった。原文は国会図書館のサイトで見ることができる。とはいえ俺が偕楽園で見たような達筆な漢文では読みようがないので、明治に出版されたものとなる。それでも漢文には違いないが。
 該当の資料を開いてひたすら年号を追っていくこと数分、文永11年のところに「元寇西陲」という記述を発見した。
 念のため見つけた箇所を転載しておく。俺は水戸黄門で「梅里」と書かれたご老公からの手紙(偉い人にネマワシしておくときによく使われる)を、偉い人が軽く拝んでから開くシーンが好きなので、リンクをクリックする前に画面を拝むこと。[画像]
 
■2018-04-21 : クラーク博士と小野妹子
 歴史に詳しくない人でも、クラーク博士の名前は知っているだろう。
 札幌農学校で教鞭をとり、ボーイズにアンビシャスするよう求めた人である。その功績は疑いようもない。
 しかし……明治時代に日本人を導いたお雇い外国人は他にも大勢いる。きっとクラーク博士と同等の貢献をした人もたくさんいたはずだ。でもほとんど教科書には載っていない。載っていても覚えていない。辛うじて覚えていてもフェノロサなのかフェロノサなのかわからない。

 クラーク博士のもつこの圧倒的知名度は、「去り際にカッコイイことを言った」という一点で生まれたものではないだろうか。当然それを記憶したボーイズたちが立派に出世したという要素も必要ではあるが、名台詞には一気にキャラを立たせる力があるものだ。


 さて、同じように学校で学んだ日本史の記憶が流れ去っていっても、教科書に乗っていた小野妹子の名前を忘れる者はいないだろう。
 これも不思議な話で、教科書に載っている事実だけ見ると小野妹子は「聖徳太子の書いたヤベェ手紙を持って中国の激ヤバ暗君に凸したブッこみ鉄砲玉」であり、それなら聖徳太子(厩戸皇子)のほうだけ教科書に載せとけばよくね? みたいな感覚でいる。いやまあ命がけの偉業であることは疑わないけど、中大兄とか中臣鎌足とかと同じレベルで扱っていいのかどうか、これがわからない。

 そんな小野妹子が他の歴史人物に対して頭一つ抜き出ているのが「名前が可愛い」という点であり、小学6年生に対する引っ掛かりのよさゆえに、今でも彼は教科書に載り続けているのではないだろうか。そんなわけあるか。やっぱほんとは美少女だったからに決まってる。美少女だったなら仕方ない。
 
■2017-11-13 : 大浮世絵物語
 ウキヨエで有名な東洲斎写楽の活動期間が、たったの10ヶ月しかないことを知って驚いた。なお静岡県民は「写楽」と聞くとウキヨエより先にスシ屋の「東海道写楽」が出てくるため、今「東洲斎写楽」と入力することに大変な違和感をもっている。

 開幕から話がずれたので戻す。
 概容はWikipediaにも記載されているが、写楽の作品はすべて1794年の5月から翌年2月にかけて、4期にわけて発表されたらしい。この短い期間に150作近い作品を一気に発表してそのまま消えてしまった謎の絵師が、海外でも有名になり、200年たっても教科書にその名を刻んでいるのだから驚嘆というほかない。

 ところでWikipediaの記述で特に興味を引いたのがこれ。

役者絵は基本的に画中に描かれた役者の定紋や役柄役処などからその役者がその役で出ていた芝居の上演時期が月単位で特定できることから、これにより作画時期を検証することが現在の写楽研究の主流をなしている。

東洲斎写楽 - Wikipedia
 ウキヨエは常に流行の先端、つまりそのとき上映していた芝居を題材にして描くもの。考えてみれば当然である。江戸時代には動画配信サービスもDVD-BOXもない。そのような環境であれば二次創作は自然と「今期の覇権芝居」に集中するであろう。
 写楽が同人作家だとしたら、猛スピードで春アニメの同人誌を描き上げて5月のイベントに持ち込み、その独特な画風で一躍神絵師となった後3回のイベントで夏アニメ、秋アニメ、冬アニメの同人誌をさばくと忽然と姿を消した、という感覚だろうか。

 こうなると、写楽がたった10ヶ月で筆を折った理由もなんとなく想像できる。職場バレであろう。売れっ子同人作家だったことが職場に見つかってしまったのだ。実際、正体は阿波藩の武士階級の人物であるという説が濃厚のようだ。役者と交流していることが職場バレしたら厳罰は免れないと思われる。武士のオタク生活は大変なのだ。
 
■2016-01-16 : 人類よ世紀を捨てよ
 もう我々は「世紀」という数え方を一切合切捨て去るべきではないだろうか。

 たとえば「1492年」をいう西暦年を与えられて、それが何世紀か直感的にわかる層がどれだけいるというのか。1400年代を15世紀と表記することになんの疑問もなかったのか。いいかげんゼロの存在を認めたらどうか。
 だいたい「世紀がいつから始まるか」すら直感的でないのが大問題だ。うっかり1999年のカレンダーに「END OF THE CENTURY」と書いてしまったロックバンドのことを誰が責められようか。結局みんな2000年をミレニアムだの何だのと理屈をつけて祝ったではないか。2000年が21世紀でないという失態をなぜ放置してきたのか。いったい今まで世紀の境目をいくつ超えてきたと思っているのだ!人類!

世紀の区切りがいつであるかについては、記録によると16世紀末から議論が繰り返されてきた。100年ごとに訪れる区切りが近づくたびに議論が繰り返されるのは、一度議論に参加した当事者は次に議論がなされる100年後にはほとんど生き残っていないからである。

世紀 - Wikipedia
 うるさいよ!なんだよ「生き残っていないから」って!歴史に学べよ!
 ホント歴史から学べることは「人は歴史から学ばない」という1点のみだな!!


 こんな数え方は「数え年」を葬り去ったときに一緒に合葬しておくべきだったのだ。B.C.側はともかくとして、A.C.側は全部「1400年代」とかにしてしまえば何もかもすっきりする。
 ただこの場合「1900年代」と言ったときにそれが「1900~1999」を指すのか「1900~1909」を指すのかがハッキリしないという大問題がある。ここを何とかする方法が見つからないかぎり世紀という数え方を滅ぼすことはできないだろう。

 だが「世紀」を滅ぼす機運は確実に高まっていると感じる。2001年から2015年までの間がまったく21世紀という感じがしないまま過ぎてしまったことで、「世紀」の格はかなり落ちているのではないだろうか。なんだよおそ松とかブラックジャックとか、前世紀の人間にどう釈明すればいいんだよ……。
 これを機に「世紀」という概念を、前世紀に夢想されていた21世紀のイメージとともに撃滅するしかない。早くしないと間に合わなくなる。会社に21世紀生まれの人類が入って来る前に早く――。
 
■2015-05-10 : イタリア艦
 某軍艦がたくさん出てくるブラウザゲームに、イタリア艦が実装されたと風の噂に聞いた。
 それで初めてイタリア海軍の軍艦の名前を知ったわけだけど、「ローマ」はともかくとして「イタリア」ってのはどうなんだ。いくらなんでも自分の国の名前そのものを軍艦につけるもんなのか。沈んだときすげえ凹むのではないだろうか。

「でも日本の軍艦にもヤマトとかある」

「大和はただの近畿地方の旧国名だし……」

「イタリアもヴィットリオ・エマヌエーレ2世が統一するまであの半島の一部を指す地名でしかなかったのでは」

「ぐぬぬ」
 
■2015-04-27 : 消える免罪符
 歴史の教科書の宗教改革のところに「贖宥状」という見慣れない単語があって驚いた。
 しょくゆうじょう……?我々はこれを「免罪符」として習ったハズ……。

 どうやら「免罪符」という訳は正しくないらしい。罪は免じられるものではなく、罪の結果受ける罰を免じるものだということだ。カトリックでない自分にはいまいち違いがわからないが、とにかくそういう理由で世界史用語としての「免罪符」は消えつつある。

 しかしこうなると、すでに我が国で慣用句として使用されている「免罪符」はいったいどうなってしまうのか。エイプリルフールであることを免罪符に嘘八百を書き連ねた罪はどう贖えばいいのか。そもそもこの場合の「免罪符」の「罪」の概念もカトリック的にはまったく的外れなのではないか。それなのに「贖宥状」に置き換えていく流れなのか。


 人名や地名もできるだけ現地の言葉になるように変わってきている。いつかクリストファー・コロンブスはクリストバル・コロンになるのではないかとにらんでいるが、こうなった場合慣用句としての「コロンブスの卵」は「コロンの卵」になるのだろうか。ならないか。絶対立ちそうにないし。
 
■2014-04-13 : History of Japan
 英語版Wikipediaの「日本の歴史」になかなかアトモスフィアに溢れたパワーワードが多いと聞いて調べてみた。
 ぜんぜん読めないのに書いてある内容はなんとなく解る!スゴイ!
  • タイカ・リフォーム
  • プリンス・ショウトク
  • ザ・グレート・ブッダ・アット・ナラ
  • フジワラ・クラン
  • レディ・シキブ・ムラサキ ―― テイル・オブ・ゲンジ
  • ゲンペイ・ウォー
  • テンダイ・セクト & シンゴン・セクト
  • モンゴル・インベイション
  • カミカゼ(ディバイン・ウィンド)
  • エンペラー Go-Daigo
  • ナンバン・トレード
  • バトル・オブ・セキガハラ
  • シマバラ・リベリオン
  • メイジ・レストレーション
  • イワクラ・ミッション
  • タイショウ・デモクラシー(普通だ)
  • フェブラリー26・インシデント

 なんたるアトモスフィアに溢れる歴史用語集か!
 現代の項目には「カクサ・シャカイ(アンイコール・ソサエティ)」なんていう単語もあった。これがカロウシのように世界共通語にならないよう祈るばかりである。
 
■2013-10-10 : そんなバハマ
 カリブ海に浮かぶキューバ共和国の首都は、ハバナ
 そしてその北東に浮かぶ島国の名前は、バハマ

 お隣にこれだけ似た地名があると、ブダペストとブカレスト級に紛らわしいと思うんだが、大丈夫なんだろうか。母音の少ない日本語の発音ではわかりにくいだけであって、現地の発音なら問題ないのだろうか。
 しかもその隣のでっかい国の大統領はオバマだ(別にこれは紛らわしくない)。

 しかし、よく考えてみると、我々日本人も「中国地方」と「中国」という似てるなんてレベルを超越した地名を抱えて日常生活を送っているのだった。
 他人の心配をしている場合じゃなかったな!
 
■2013-09-04 : 国旗ファンタジー
 赤白緑の旗が見えたのでイタリア料理屋だと思って車を止めたら、それはイランの旗で、ペルシャ料理のお店だった……という悲しい話を聞いた。
 たしかにこれが斜めに掲揚されていたら間違える。
ITARY
イタリアとイラン

 世界の国旗を覚えよう!みたいなコンテンツは子どもの心をつかみやすいようだ。
 そういう国旗が勢揃いした資料を何かで見たことがある人も多いと思う。
 だがそのとき、国旗の縦横比まで注意を払う人はあまりいない。

 国旗の縦横比は国ごとにかなりバラバラだ。一番ポピュラーな縦横比は2:3で、フランスやらスペインやらが採用していたおかげで世界中で使われている。次いで多いのが1:2で、こちらはイギリスが代表格だ。なおアメリカさんは1:1.9というよくわからん縦横比を採用している。
 意外にも黄金比や白銀比にこだわった国旗は見かけない。どうせたなびいてしまうのだから、ちょっと長めの3:5や2:3でいいやと思ったのかもしれない。

 国旗が一覧できる資料などでは、すべて2:3の縦横比に統一して示していることがある。こうしないと、たとえば縦の長さを揃えたときに、横長のイギリスなどがやたら面積を取ってしまって不公平だからだ。国連やオリンピックでもそうしているらしい。国によっては単純に2:3に直すことができないので、2:3用のデザインを決めているところもある。


 こうなると気になるのがネパールだが、どうやらあそこまで特殊だともう面積とかどうでもいいらしく、縦横比を気にすることなく掲げられているようだ。
 オリンピックでネパール選手を見た記憶がないけれど、見かけたらきっと目立つことだろう。
 
■2013-04-11 : しまんとの宝
 ノートン・アンチウイルスで有名なシマンテック社の本社が四万十市に無いのはおかしい!
 そう訴え続けてきたが、どうもそう単純な話ではないようだ。


 地図を見ると、四万十市のすぐ隣に同じくらいの広さで「高岡郡四万十町」という地名がある。
 高知県には、「四万十市」と「四万十町」という、それぞれ独立した市町村が存在するのだ!

 我が静岡県にもかつて「清水市」と「清水町」がカブっていたが、位置は離れていた。
 そもそも四万十市は2005年に合併で生まれた市である。
 「四万十市」という市名はそのとき新たに作られたものだ。
 そして四万十町も2006年の合併で生まれている。
 なぜ対抗したのか!?だれも止めなかったのか!?
 すでに四万十市内に「中村四万十町」という地名があるというのにこの暴挙!
 四万十川もこんなに愛されて困惑しているだろう。

 こんな状況では、どちらがシマンテック社を誘致するかでモメるのは必定。
 しばらく俺の訴えは実現しそうにない。
 
■2012-02-02 : 正距なんとか図法2012
 一昨年の日記で、2010年の恵方がFIFAワールドカップ2010開催地・ヨハネスブルグであったことについて書いた。


 そして2012年。
 「今話題の、2012年オリンピック開催地といえば?」 
恵方
「……ロンドン?」
 おお……見よ今年の恵方の先を!素晴らしい一致だ!
 恵方巻きを食べるときは、日本選手団の活躍を祈念するしかない!
 誰が出るのか知らないけど!

 ……ところで2010年のワールドカップって成績よかったんだっけ?
 煽るだけ煽っておいて全然覚えてない。
 
■2012-01-31 : シモ・ハユハ問題
 日本文化に明るいフィンランド大使館の人のツイートで、伝説的スナイパーとして知られるシモ・ヘイヘが現地では「シモ・ハユハ」であることが明らかになった。
 対してさすがのヒラコー先生は「現地読みに直していくと、アルカポネは、アル・カポーンで、かぽーんですよ、かぽーん」とナイスなコメントを出した。


 しかし、どうやら固有名詞は現地読みになっていく流れらしい。
 歴史の教科書では、イスラム教の預言者はすでにマホメットではなく「ムハンマド」となっている。
 より現地の発音に近づけるためか、それとも我々の使える音が増えたためか、ガンジーも「ガンディー」に変わってきている。ヒンズー教がヒンドゥー教になったのだから当然の措置といえよう。  
 だが一部の教科書でリンカーンが「エイブラハム・リンカン」に変わっていたのは驚いた。リンカーン級の有名人ですら容赦なくバッサリやられる時代なのだ。

 こうなると、なぜか一人だけラテン語読みで知識人ぶってるコロンブスが、いつまでその名前を保っていられるかに注目が集まる。
 そのうち「コロン」とか「コロンボ」とかになるんだろう。


 固有名詞といえば、地名も現地読みに変わりつつある。
 我々はギアッチョの遺志を継いで、ベニスを「ヴェネツィア」に改めた。
 インドの大都市カルカッタも、2001年に英語読みのこの地名を捨て、いまや「コルカタ」である。
 ペキンだっていつ「ベイジン」に移行してもおかしくない情勢といえよう。ペキンダックは讃岐うどんみたいな感じで残れ!
 イギリスは……なんとかしろ!

 こうなると、手元の地図帳にまだギリギリ残っている「エロマンガ島」の表記も、もう見られなくなるのだろう。
 それはそれで少し寂しい。
 
■2012-01-16 : プレトリア
 個人的メモに新たな1行が追加された。
  • アメリカの首都はニューヨークではない
  • オーストラリアの首都はシドニーではない
  • ブラジルの首都はリオデジャネイロではない
  • スイスの首都はチューリヒではない
  • 南アフリカ共和国の首都はヨハネスブルグではない[new!]
 え、じゃあどこなんだよ、と思って調べてみたら、なんか首都が3つあった。
 すごいな南アフリカ。